栄養学、フード

猫にとっての塩分について。高血圧と腎疾患との関連性

「ロイヤルカナンのキャットフードは塩分が多いので、腎臓には良くない」

「猫も塩分を摂りすぎると高血圧になったり、腎臓に負担がかかる」等、猫と塩分については、ネット上でいろいろと根拠不明な意見が書かれているのを目にします。

猫と塩分について、いろいろまとめてみました。

ロイヤルカナン、ヒルズのキャットフードのナトリウム含有量

フード名 ドライ、ウェット ナトリウム含有量(mg/kcal) ナトリウム含有量(mg/MJ) 代謝エネルギー (kcal/100g)
ロイヤルカナン ユリナリーS/O+CLT ドライ 3.375 806.1 356
ロイヤルカナン ユリナリーS/Oエイジング7++CLT ドライ 1.075 256.8 372
ロイヤルカナン ユリナリーS/O ドライ 3.35 800.1 387
ロイヤルカナン ユリナリーS/O ウェット 3.3 788.2 91
ロイヤルカナン ユリナリーS/O オルファクトリーライト ドライ 3.475 830.0 346
ロイヤルカナン 腎臓サポート ドライ 1.025 244.8 392
ロイヤルカナン 腎臓サポート ウェット 0.85 203.0 128
ヒルズ s/d ドライ 0.78 186.3 417
ヒルズ c/d マルチケアフィッシュ ドライ 0.87 207.8 388
ヒルズ c/d シチュー缶ツナ ウェット 0.85 203.0 82
ヒルズ k/d ツナ ドライ 0.56 133.8 410
ヒルズ k/d シチュー缶ツナ ウェット 0.57 136.1 85

1 キロカロリー(kcal) = 0.0041868 メガジュール(MJ)として計算

論文ではナトリウム量で表示されることが多いです。塩分量=ナトリウム量と考えてもらって良いと思います。

ヒルズのフードに比べ、ロイヤルカナンのフードのナトリウム含有量は多くなっています。ロイヤルカナンのフードは、ナトリウム含有量を増やすことで飲水を促し、尿量を増加させ、尿結石を予防(溶解)することを想定して作られています。

ヒトではナトリウム(塩分)の過剰摂取は、高血圧、腎疾患に関係するのではないかという考えがあります。猫ではどうでしょうか?

猫の血圧とナトリウムの関係

猫の正常血圧

犬猫では血圧測定を正確に行うことが難しく、正常血圧はわかっていません。犬猫の高血圧は高血圧障害(TOD)のリスクに基づいて分類されています(1)。

犬猫の血圧分類(1)
  • 正常血圧(最小TODリスク)SBP <140 mm Hg
  • 高血圧前症(TODリスクが低い)SBP 140-159 mm Hg
  • 高血圧(中程度のTODリスク)SBP 160-179 mm Hg
  • 重度の高血圧(TODリスクが高い)SBP≥180mm Hg

SBP:収縮期血圧

猫の高血圧の原因

猫の高血圧は二次性高血圧(原因疾患があって生じる高血圧)が一般的(80%以上)です。原因疾患は慢性腎臓病、甲状腺機能亢進症、原発性高アルドステロン症等です。特発性(原因不明)高血圧も知られており、約13~20%を占めます(1)。

猫のナトリウム摂取と血圧の関係

10頭の成猫を2つのグループに分け、高ナトリウム食(620mg/MJ)と対照食(285mg/MJ)を2週間与えた所収縮期血圧に有意差はありませんでした。また高ナトリウム食を与えたグループでは水分摂取量と尿浸透圧が有意に増加し、尿比重が有意に減少しました(2)。これらのことから、健康な成猫では、塩分を適度に増加させた食事を摂ると水分摂取量が増え、収縮期血圧を上げることなく利尿を引き起こすことが示唆されました。

20頭の健康な高齢の去勢猫(10.1±2.4歳)をランダムに2つのグループに分け、高ナトリウム食(740mg/MJ、3.1g/Mcal)と対照食(240mg/MJ、1.0g/Mcal)を与えました。3、6、12、24ヶ月後の血圧(収縮期動脈血圧、拡張期動脈血圧)にグループ間で有意差はありませんでした(3)

腎機能が実験的に損なわれた14匹の猫と腎機能が正常な7匹の猫にナトリウム含有量(50、100、200 mg Na/kg)が異なる3つの食事を7日間与えましたが、いずれのグループでも血圧の変化は起こりませんでした(4)。

現在の所、猫で高ナトリウム食が高血圧を惹起するという報告はありません。またナトリウム制限で血圧が下がるという報告もありません。

猫の高血圧に対するナトリウム制限

犬猫の高血圧の多くは二次性高血圧です。そのため治療は基礎疾患の治療及び降圧治療となります。

ACVIM(American College of Veterinary Internal Medicine、アメリカ獣医内科学会 )のガイドラインでは、高血圧の一般的な治療として食事によるナトリウムの大量摂取を避けることを推奨(1)していますが、ナトリウム制限で血圧が下がるという理論的根拠はありません。

猫の腎機能とナトリウムの関係

20匹の健康な高齢の去勢猫(10.1±2.4歳)をランダムに2つのグループに分け、高ナトリウム食(740mg/MJ、3.1g/Mcal)と対照食(240mg/MJ、1.0g/Mcal)を与えました。3、6、12、24ヶ月後の腎機能(UPC、GFR、尿素窒素、クレアチニン)にグループ間で有意差はありませんでした(3)。 これらのことから、高ナトリウム摂取は中長期的に健康な猫の腎機能に悪影響を及ぼさないことが示唆されました。

また同じ研究で、対照食を与えたグループでは高ナトリウム食を与えたグループよりも血漿アルドステロン濃度が有意に高値を示しました(3)。これはナトリウム制限によりレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)が活性化した結果起こったことであると推測されます。RAASの活性化は腎機能障害を引き起こすと考えられます。これらのことから、過剰なナトリウム制限はRAASを活性化し、腎機能障害を引き起こす可能性があると推測されます。

高ナトリウム食を食べる猫は、低ナトリウム食を食べる猫と比較して、血清クレアチニン、尿素窒素、リンが増加した(5)という研究があります。しかし、この研究についてはネットからは要約以外の内容はわかりませんので、信頼に足る研究結果と言えるのか疑問です。現在、高ナトリウム食が腎臓に影響を与えるとするのはこの研究のみです。

慢性腎不全の猫に対するナトリウムのリスクや慢性腎不全の進行予防にナトリウム制限が効果的であるかどうかの報告はありません。

猫の慢性腎臓病に対するナトリウム制限

IRIS(the International Renal Interest Society、国際獣医腎臓病研究グループ)の猫の慢性腎臓病治療ガイドライン(6)では、全身性高血圧の管理で「食事中のNa制限により血圧が低下するということは、実証されていない。食事性Naの制限を行う場合には、薬物療法を併用して徐々に制限するようにする。」とされています。

慢性腎臓病の直接的な治療としてナトリウム接種に関する言及はありません。

猫におけるナトリウムの安全上限

National Research Council(NRC、全米研究評議会) はフードの各栄養素に対して安全上限(safety upper limit:SUL)を設定しています。

NRCは成猫のナトリウムSULを15g/kg、3.75g/1000kcal ME、895mg/MJ ME(4000kcal ME/kg)に設定しています。SULの根拠は1979年の一つの研究を元にしています。この研究は現在ネットでは出てきません。

ロイヤルカナンはNRCの数値を元にキャットフードを作っていますので、ロイヤルカナンのキャットフードに含まれるナトリウム含有量は895mg/MJ ME未満となっています。

現在、信頼できる数値として猫(高齢猫を含む)のナトリウムSULは 12.5g/kg、3.1g/1000kcal ME、740mg/MJ ME(4000 kcal ME/kg)であると考えられます(3)(7)。これ以上のナトリウムを含むキャットフードを与えると猫にどのような影響を与えるかは不明です。

ロイヤルカナンは塩分に対する指摘に対して新しいキャットフードを開発しています。ロイヤルカナンの尿石用のユリナリーS/Oエイジング7++CLTがナトリウム量256.8mg/MJとなっています。ロイヤルカナンのキャットフードが良いが、塩分が気になるという場合はこのフードを選択すれば良いと思います。

参考文献
(1)ACVIM consensus statement: Guidelines for the identification, evaluation, and management of systemic hypertension in dogs and cats:Mark J. Acierno
(2)Dietary NaCl Does Not Affect Blood Pressure in Healthy Cats:Nicole Luckschander
(3)Effects of Dietary Salt Intake on Renal Function: A 2‐Year Study in Healthy Aged Cats:B.S. Reynolds
(4)Effects of dietary sodium chloride intake on renal function and blood pressure in cats with normal and reduced renal function:Chollada Buranakarl
(5)Effects of sodium chloride on selected parameters in cats : Kirk
(6)http://javnu.jp/guideline/iris_2016/index.html
(7)Sodium in feline nutrition : P. Nguyen

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