散歩に行った後に犬がお腹をこわした場合や外に出る猫が体調が悪くなった時に「除草剤が原因ではないですか?」と問われることがあります。
除草剤が残留した原料で作られるペットフードの犬猫への影響を心配する人もいるかと思います。
除草剤で最も使われているのはラウンドアップという商品で成分はグリホサートです。
犬猫に対する除草剤(ウランドアップ、グリホサート)の影響についてまとめます。
Contents
グリホサートの安全性
販売会社のHPでは
Q.ペットがいる庭に散布したいのですが?
A. 人と同様に散布当日は、散布した場所にペットが入らないように注意してください。
Q. 散布後、いつ子供やペットが入っても大丈夫ですか?
A.ラウンドアップマックスロードの散布当日は、縄囲いや札を立てるなど配慮し、使用区域に立ち入らないように注意してください。
Q.使い続けて、土を悪くすることはないですか?
A. ラウンドアップマックスロードの有効成分グリホサートは土に吸着しやすく、吸着すると除草剤としての効果を失います。
ラウンドアップマックスロードHP よくある質問
散布した翌日以降は犬猫に除草剤の影響は無いと読めます。また土に吸着されると効果を失うとのことです。
ラウンドアップ(グリホサート)に関する裁判
「アメリカの農薬会社・モンサント(2018年にドイツの製薬会社・バイエルが買収)の主力除草剤・ラウンドアップ(有効成分はグリホサート)が原因でガンを発症した」と、カリフォルニア州の夫婦が賠償を求めた裁判で、州裁判所の陪審は同社に対して日本円に換算して約2200億円の支払いを命ずる評決をくだした。農薬会社では「ラウンドアップの安全性は証明されている」と主張し、控訴している。
https://news.yahoo.co.jp/byline/satotatsuo/20191024-00148027/
アメリカでの裁判ですので、いろいろな事情があります。
国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer, IARC)による発がん性の指摘
IARCによりグリホサートはグループ2A (ヒトに対しておそらく発がん性がある)に分類されました。
しかし、分類は、人に対する発がん性があるかどうかの「根拠の強さ」を示すものです。物質の発がん性の強さや暴露量に基づくリスクの大きさを示すものではありません(1)。
IARCの分類についての問題点
IARCの分類のグループ1(ヒトに対する発癌性が認められる)には次のようなものがあります。
- シクロスポリン・・・免疫抑制剤として犬猫のアレルギー性皮膚炎で使用
- X線照射・・・レントゲン撮影
- アルコール飲料
- 加工肉
グリホサートと同じグループ2Aには次のようなものがあります。
- クロラムフェニコール・・・抗生物質
- 赤肉
- 紫外線
- ディーゼルエンジンの排気ガス
これらの内容を見るとIARCの分類で発がん性と言われても即座に危険であると決めつけるのは変だということがわかると思います。
IARCの分類を受けて赤肉・加工肉のがんリスクについて国立がん研究センターの説明(2)があります。 以下はその抜粋です。
加工肉について「人に対して発がん性がある(Group1)」と、主に大腸がんに対する疫学研究の十分な証拠に基づいて判定されました。
どのように公衆衛生上の目標を定めるかは、各国の赤肉などの摂取状況とその摂取量範囲でのリスクの大きさに基づいた「リスク評価」、さらには、がんや他の疾患への影響などを踏まえて行われるべきものです。
大腸がんの発生に関して、日本人の平均的な摂取の範囲であれば赤肉や加工肉がリスクに与える影響は無いか、あっても、小さいと言えます。
以上のようにグリホサートに関しても、どの程度のリスクがあるのかを評価する必要があります。
食品安全委員会の調査
ラット、マウス、ウサギ、イヌ等の動物や穀物に関するグリホサートの影響を調べる調査が行われています。イヌに関する調査(3)を抜粋します。
90日間亜急性毒性試験(イヌ)
ビーグル犬(一群雌雄各4匹)を用いたカプセル経口(グリホサート原体:0、30、100及び 300mg/kg 体重/日)投与による90日間亜急性毒性試験が実施された。
300mg/kg体重/日投与群では、軟便、体重増加抑制等が認められた。100 mg/kg 体重/日投与群では、毒性所見は無かった。無毒性量は雌雄とも 100 mg/kg体重/日であると考えられた。
1 年間慢性毒性試験(イヌ)
ビーグル犬(一群雌雄各 4 匹)を用いたカプセル経口(グリホサート原体:0、30、100及び300mg/kg 体重/日)投与による1年間慢性毒性試験が実施された。
300 mg/kg 体重/日投与群の雌雄で下痢、血便等の便の異常が認められたので、無毒性量は雌雄とも100 mg/kg体重/日であると考えられた。
食品安全委員会の結論
グリホサートを用いた各種毒性試験結果から、グリホサート投与による影響は、主に体重(増加抑制)、消化管(下痢、盲腸重量増加、腸管拡張、腸管粘膜肥厚等)及び肝臓(ALP増加、肝細胞肥大等)に認められた。神経毒性、発がん性、繁殖能に対する影響、催奇形性及び遺伝毒性は認められなかった(3)。
各試験で得られた無毒性量のうち最小値はラットを用いた 90 日間亜急性毒性試験、イヌを用いた90 日間亜急性毒性試験及び1年間慢性毒性試験並びにウサギを用いた発生毒性試験の100 mg/kg 体重/日であったことから、食品安全委員会農薬専門調査会はこれを根拠として、安全係数100で除した1mg/kg体重/日を一日摂取許容量(ADI)と設定した(3)。
食品安全委員会以外にも米環境保護庁(EPA)、FAO/WHO合同残留農薬専門家会議(JMPR) 等、グリホサートの発がん性を否定する研究機関は多数あります。
市販の除草剤のグリホサート含有量
上記の商品のグリホサート含有量を計算します。
4L中のグリホサート含有量は0.85%ですのでグリホサートの量は、4×0.0085 = 0.034L = 34mL となります。
グリホサートの密度は1.7g/cm3ですので、57mgとなります。
イヌでは100 mg/kg 体重/日のグリホサートを摂取しても毒性は見られませんでしたので、理論上は上記の商品4L全て飲んでもグリホサートによる毒性は見られないと考えられます。(他の成分も含まれてますので飲んでも大丈夫かはわかりません)
結論
これらのことから、イヌに関してはグリホサートを含む除草剤をまいた直後に大量に草を食べたりしない限り、体調を崩すことは無いと考えられます。ネコに関する投与実験は行われていませんが、ネコがグリホサートに過敏に反応するという報告はありませんのでイヌと同様に考えても良いと思います。イヌで1年間(ヒトでは4年に相当)という長期間の安全性試験が行われていることから、ヒトに関してもグリホサートの安全性は確認されたと考えても良いと思います。
プレハーベスト、ポストハーベストによるグリホサート残留の危険性
プレハーベストとは農産物の収穫前に農薬を散布することで、収穫を容易にすることです。
ポストハーベストとは収穫された農産物の輸送や貯蔵中における病害虫による被害防止のために、収穫後に農薬を散布することです。
小麦製品のグリホサート残留
農産物へのグリホサート残留を危惧する人達がいます。農民連食品分析センターの調査結果(4)(5)の抜粋です。
サンプル名 | 分類 | 小麦の原産地 | グリホサート分析結果(ppm) |
スパゲッティ | パスタ | カナダ | 0.09 |
パスタ オーマイ1.7mm | パスタ | 記載なし | 0.07 |
強力小麦粉 | 小麦粉 | 記載なし | 0.37 |
日清全粒粉パン用 | 全粒粉 | 記載なし | 1.10 |
日清フラワー薄力小麦粉 | 小麦粉 | 記載なし | 検出せず |
商品名 | 分類 | 小麦の原産地 | グリホサート分析結果(ppm) |
Pasco超熟 | 食パン | 記載なし | 0.07 |
Pasco超熟 国産小麦 | 食パン | 国産 | 検出せず |
ヤマザキ超芳醇 | 食パン | 記載なし | 0.07 |
小麦粉やパスタ、パンのグリホサート残留基準値は定められていません。小麦のグリホサート残留基準値は30ppmとなっています。基準値を超える小麦を使用し、製造された加工品がある可能性は低いと考えられます(4)(5)。
例えばPasco超熟を1枚食べた場合、含まれるグリホサートは
80×0.0001×0.07 = 0.00056 g = 0.56 mgとなります。
(1ppm = 0.0001%、5枚切の食パン1枚は80g)
グリホサートの一日摂取許容量(ADI)は1mg/kg体重/日と設定されていますので、体重50kgの人の場合、1日に食パン100枚程度になります。
ペットフードのグリホサート含有基準
ペットフードの製造・販売にかかわる基準・規格は、「愛玩動物用飼料の成分規格等に関する省令」により定めらています。
グリホサートは15μg/g以下(6)と定められています。
体重10kgのイヌが1日200gのドッグフード(限界基準ギリギリのグリホサート含有)を食べた場合、含まれるグリホサートは
200×15 = 3000μg = 3.0mg
0.3mg/kg体重/日となります。
イヌでは100mg/kg体重/日のグリホサートで毒性作用はありませんでしたので、基準を守って作られているドッグフードではグリホサートを気にする必要は無いと思います。ネコに関しても同様です。
グリホサートの悪評が広まる原因となった論文
ラウンドアップが非ホジキンリンパ腫というがんを引き起こすかもしれないという論文(7)があります。ラウンドアップの裁判には、この論文は大きな影響を与えました。しかし、この論文の結果は他のグリホサートに関する多くの研究結果とは異なっています。グリホサート暴露群と非暴露群との比較を行っていますが、グリホサート暴露群では他の農薬にも暴露されている可能性を考慮していないとの指摘(8)があります。
ラウンドアップに関する裁判は多数提起され、現在も続いています。裁判の結果によってはラウンドアップの販売が禁止される可能性があります。ラウンドアップは優れた除草剤で多くの研究機関が発がん性を否定しています。仮にラウンドアップの販売が禁止された場合、食料供給への影響は大きなものになると思います。
参考文献
(1)国際がん研究機関(IARC)の概要とIARC発がん性分類について 農林水産省
(2)赤肉・加工肉のがんリスクについて 国立研究開発法人国立がん研究センター 2015年10月29日
(3)農薬評価書 グリホサート 食品安全委員会農薬専門調査会 2016年3月24日
(4)小麦製品のグリホサート残留調査1st 一般社団法人 農民連食品分析センター
(5)食パンのグリホサート残留調査 一般社団法人 農民連食品分析センター
(6)ペットフード安全基準規格等 環境省
(7)Exposure to glyphosate-based herbicides and risk for non-Hodgkin 3 Q2 lymphoma: A meta-analysis and supporting evidence : Luoping Zhang
(8)ドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)、グリホサートに関するメタアナリシスが公表されたのを受け、意見書を公表