コラム

ステロイドは怖いという印象が広まった原因とその影響について

ステロイドは副腎と呼ばれる腎臓の近くにある組織から作られるホルモンです。

炎症を抑える効果があるため、動物病院ではアトピー性皮膚炎の犬に、かゆみ止めとして処方することが多いです。

飼い主さんに治療のためのステロイド使用について説明すると、嫌な顔をされる方が時々います。(40歳以上の方に多いです)

私自身も、獣医師になる前は「ステロイドは怖い。ステロイドは危険な薬」という印象を持っていました。

ステロイドに関するこのような印象が広まった原因とその影響についてまとめます。

動物病院におけるステロイドの使用

ヒトのアトピー性皮膚炎の標準治療はステロイドの外用薬となっています(1)。

犬のアトピー性皮膚炎では塗り薬を塗ることで、薬を舐めとってしまうことが多いため、内服のステロイドを使用することが多いです。

内服の場合の方が外用薬よりも副作用が出やすいため、慎重に処方する必要があります。

犬でのステロイド外用薬の副作用
  • 皮膚が薄くなる
  • 糸状菌感染や細菌感染を起こしやすくなる(動物用のステロイド外用薬は感染予防として抗生物質、抗真菌薬を含むものが多いです)
犬でのステロイド内服の副作用
  • 血糖値上昇(酷い場合は糖尿病)
  • 免疫力の低下
  • GOT、GPT等の肝臓に関する数値が上昇

ヒトに比べ、副作用が出ることは少ないですが、他の薬と併用する等で投薬量を極力減らすように使用します。

ステロイドは怖い、危険な薬というわけではありません。ただし正しい使い方をする必要はあります。

アトピービジネス

竹原和彦先生が書いた「アトピービジネス」という本があります。ステロイドが悪魔の薬であるという伝説が出来上がった経緯について克明に記録されています。

ヒトではアトピー性皮膚炎は難治性疾患ではなかった

竹原先生が医師になってからの1970年以降においては、外用薬のステロイドは誤用以外では副作用がほとんど無く、問題無く使用されていたとのことです。

ステロイド訴訟と小児科医による食事制限療法

1980年代になると、ステロイドの不適切使用による裁判が起こります。またアトピーに対する治療として小児科医による食事制限療法が隆盛を極め、小児科医と皮膚科医との医療現場での対立も起こるようになります。

ステロイドの悪魔化

1990年代になるとステロイド批判の報道が増えていきます。この中で最も大きな影響を与えたのはニュースステーションであると考えられます。

1992年7月から1週間ステロイドの特集が組まれたそうです。その最後にキャスターの久米宏氏は「これでステロイド外用剤は最後の最後、ギリギリになるまで使ってはいけない薬だということがよくお分かりになったと思います」と発言したとのことです。

アトピー性皮膚炎に対するステロイド治療に反対し、ステロイドは危険であるという印象を広めるキャンペーンを1週間続けたのです。

当時のニュースステーションは視聴率20%以上の人気番組でした。この番組で1週間ステロイド批判が行われた影響は甚大でした。

これ以降メディアのステロイド批判は一層加熱していきます。

メディアのステロイド批判の結果何が起こったのか?

医師によるステロイド外用薬の不適切な指導もあったと思います。これらの報道により、医師がステロイド外用薬の正しい使用法を再確認、再認識する契機になれば、良かったのです。しかし、これらの報道はアトピービジネスと呼ばれる新たな詐欺商法を生み出す契機にしかなりませんでした。

また視聴者や読者にステロイドは怖い、危険な薬であるという印象だけを残しました。

アトピービジネス誕生

アトピー性皮膚炎はステロイド外用薬の使用で多くは良好にコントロールできていました。しかし、1990年代以降、医学の発達とは逆にアトピー性皮膚炎は難病になり、新たなビジネスが誕生しました。

竹原先生はアトピービジネスを「アトピー性皮膚炎患者を対象とし、医療保険診療外の行為によってアトピー性皮膚炎の治療に関与し、営利を追求する経済活動」と定義しています。以下は竹原先生の本からの抜粋した一例です。

アトピービジネスの一例
  • 「にんにく入浴療法でアトピーが治った」を追跡
  • ビタミンHの意外な効果
  • アトピーの「温泉療法」を検証する
  • 今注目の木酢液
  • アトピーに効く「安眠パジャマ」
  • アトピーは「死海の塩」で治る

アトピー性皮膚炎がビジネスの対象になった理由

竹原先生の分析では次のようになってます。

  1. 病因が解明されていない
  2. 標準治療が確立していない
  3. 患者数が多い
  4. マスコミの支援
  5. 命にかかわる疾患ではない

また注意すべき点としてアトピー性皮膚炎は、自然寛解する場合があるため、そのタイミングと民間療法等を行ったタイミングが一致することで、あたかも効果があったように思ってしまう場合もあるとのことです。

アトピービジネスかどうかの簡単な見分け方

ヒトのアトピー性皮膚炎の標準治療である外用薬のステロイド治療は非常に安価です。ステロイド外用薬の薬価は100円以下ですので、追加で保湿剤を使用したとしても窓口での負担は大した金額にはならないと思います。

一方アトピービジネスは営利を追求するものですので、患者さんの金銭的な負担は大きいものになります。

治療費がどれだけかかるのかという点に着目することで、アトピービジネスかどうかは見分けがつくかと思います。

アトピービジネスの現状

日本皮膚科学会がアトピービジネスに対応したことで、現在では社会問題としてのアトピービジネス問題はほぼ終焉しています(2)。

アトピービジネスの教訓

アトピービジネス問題はほぼ終焉していますが、肥満治療、癌治療の現場ではアトピービジネスと同じように民間療法が活発化しています。

医療の場で標準治療とは異なる治療法で、法外な金額がかかるものは疑ってかかる必要があると思います。

動物病院業界では

動物病院の市場はヒトに比べると小さいので、アトピービジネスのような医師を苦しめる大々的なビジネスは、動物病院業界では起こり得ないと思います。

しかし「病因が解明されていない」、「標準治療が確立していない 」疾患はたくさんありますので、アトピービジネスまではいかないものの、効果が不確かなサプリメントが多数出回っているのが現状です。

参考文献
(1) アトピー性皮膚炎診療ガイドライン 日本皮膚科学会
(2) 皮膚科の臨床 61巻6号

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