コラム

HPVワクチン接種率1%未満の理由を考えてみる

子宮頸がんの予防として、ヒトパピローマウイルスの感染を予防することが有効であるとされ、ヒトパピローマウイルスワクチン(HPVワクチン)接種が行われています。

2013年4月に予防接種法に基づき定期接種化されました。しかし、副作用の報告が相次いだため、6月に接種の積極的勧奨が中止され、現在に至ります。

HPVワクチンの接種率は1%以下です。何故こんなことになってしまっているのでしょうか?いろいろ調べてみると、ややこしいです。

HPVワクチン訴訟

HPV ワクチンの副反応の被害者が、国と製薬企業2社に対し、損害賠償を求めています(2016年7月に提訴)。争点はワクチン接種後、一定期間が経過した後現れる次のような症状を副作用として認めるかどうかです。

HPVワクチンの副反応症状は、全身に及ぶ多様なものです。
ハンマーで殴られたような激しい頭痛、関節痛、しびれ、不随意運動、歩行失調、脱力、睡眠障害、光過敏、視野欠損、嗅覚や味覚の障害、全身倦怠、無月経、学習障害や記憶障害などの症状が、一人に複数現れます。
そして、時の経過とともに変化したり重層化したりすることが特徴です。

                  HPVワクチン薬害訴訟HP Q&A

厚生労働省の見解と機能性身体症状について

厚生労働省はHPVワクチン接種後の症状は機能性身体症状(心因性ではない)であるという見解です。ワクチン接種から一定期間以内に発症した多様な症状は、注射による接種後の局所疼痛が引き金となっていると認めています。しかし、1か月以上経過して発症した場合は、患者の症状はワクチン接種とは無関係であるという見解です。

●ワクチンを接種した後に、広い範囲に広がる痛みや、手足の動かしにくさ、不随意運動などを中心とする多様な症状が起きたことが副反応疑い報告により報告されています。この症状のメカニズムとして、①神経学的疾患、②中毒、③免疫反応、④機能性身体症状※が考えられましたが、①から③では説明できず、④機能性身体症状であると考えられています。

HPVワクチン接種後の局所の疼痛や不安等が機能性身体症状を惹起したきっかけとなったことは否定できないが、接種後1か月以上経過してから発症している症例は、接種との因果関係を疑う根拠に乏しい」と整理されています。

● 痛み等の何らかの身体症状があり、病院を受診し、画像検査や血液検査を受けた結果、その身体症状に合致する検査上の異常や身体所見が見つからず、原因が特定できないことがあります。こういう状態を、「機能性身体症状」と呼んでいます。

     厚生労働省  HPVワクチンの接種に当たって 医療従事者の方へ

一定期間経過して発症した場合は、患者の症状はワクチン接種とは無関係であるとする根拠

厚生労働省が根拠としているのが、以前からHPVワクチン非接種の人でも同じような症状が起きているということです。ここでは「多様な症状」と表現されています。厚生労働省のリーフレットには次のようにあります。これは祖父江班による疫学調査の結果を根拠にしています。

HPVワクチン接種歴のない方においても、HPVワクチン接種後に報告されている症状と同様の「多様な症状」を有する方が一定数存在したこと、が明らかとなっています。

      厚生労働省  HPVワクチンの接種に当たって 医療従事者の方へ

祖父江班による疫学調査

2016年12月、厚生労働省研究班(研究代表者祖父江友孝)による全国疫学調査の結果が報告されました。

●「多様な症状」があり、HPVワクチン接種歴のない患者の人数と有訴率を全国規模で推計する。

●それにより、HPVワクチン接種歴のない者においても、HPVワクチン接種後に報告されている症状と同様の「多様な症状」を有する者が、一定数存在するかを確認する。

    子宮頸がんワクチンの有効性と安全性の評価に関する疫学研究 調査の目的

HPVワクチン接種歴のないものにおいても、HPVワクチン接種後に報告されている症状と同様の「多様な症状」を有する者が、一定数存在した。

     子宮頸がんワクチンの有効性と安全性の評価に関する疫学研究  結論

祖父江班による疫学調査の結果をもって問題は決着したとする立場の人もいます。

他には名古屋市が行った大規模調査があります。

名古屋スタディ

2015年、名古屋市はHPVワクチンと接種後に現れたさまざまな症状の因果関係解明の一助として、名古屋市に住民票のある小学校6年生から高校3年生までの女子約7万人に対してアンケート調査を行いました。川村たかし市長は、薬害を証明するために調査を行い、ワクチンの薬害を裏付ける結果が出ると期待されました。しかし、日本の若年女性におけるワクチン接種後の症状はHPVワクチンとの関連性なしという結果が出ました。現在名古屋市のサイトでは回答結果だけが載せられており、結果の解釈等は載せられていません。

機能性身体症状を呈する患者さんへの対応

HPVワクチンの副作用が問題になる以前から、こういう症状を示す患者さんが一定数いたとすると、このような患者さんには、どのような治療をされていたのでしょうか?

日本医師会による「HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き」というものがあります。これは副作用の報告が相次ぎ、積極的勧奨が中止された後の2015年8月に作成されたものです。手引きを見てみると

診療に際しては、患者が落ち着いて診療を受けられるよう、また診療方針の説明が首尾一貫するように取り計らいつつ、自分が主治医として中心的に診療するか、あるいはHPVワクチン接種後に多様な症状を呈している患者に対して整備され ている医療体制における協力医療機関、専門医療機関の医師等に紹介するかどうか検討する。

診療上、患者の行き場が無くなる状況とならないように、主治医が決まるまでは自分が責任を持って対応する。

患者やその家族から話を聞く際には、傾聴の態度(受容、共感)をもって接するよう心掛ける。

患者の自覚症状に対して、「それは大変でしたね、詳しくお話しを聞かせてください」と共感を表明し、真摯かつ優しい態度で診療を開始する。

    日本医師会  HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き

上記については、どういう患者に対しても医師が当然取るべき態度であると思います。しかし、わざわざ手引きに記載されているということは、こういう当たり前の対応が取られなかったと推測されます。つまりHPVワクチン接種後に、体調を崩し、病院を受診しても

  • 診療方針の説明が首尾一貫しない
  • 病院をたらい回しされ、行き場がなくなる
  • 傾聴の態度(受容、共感)をもたずに診察される
  • 不誠実かつ不親切な態度で診療を開始される

このような事例が多数あったために、訴訟にまで発展したのではないかと考えられます。

またHPVワクチンが問題になる以前から、こういう患者さんが一定数いたとすると、こういう患者さんには長年このような姿勢で診察が行われていたことになります。HPVワクチンがきっかけでこのような問題が明るみになったという面があると思います。

HPVワクチン副作用の研究、治療

2013年、HPVワクチン副作用の研究、治療のために厚生労働省は、2つの研究班を設置しました。牛田班と池田班です。

牛田班に属する医療機関の特徴

  • 愛知医科大学医学部付属病院、札幌医科大学附属病院、福島県立医科大学附属病院、東京大学医学部附属病院等、25病院(2020年1月6日)、(2016年4月時点では19病院)
  • 診療科は整形外科、リハビリテーション科、麻酔科、ペインクリニック、産婦人科
  • 運動療法、教育・認知行動療法を組み合わせた治療を行う
  • HPVワクチンの副作用は、機能性身体症状であるという立場

牛田班は、ワクチン接種後の症状は機能性身体症状によるものであると考えます。治療は運動療法、教育・認知行動療法を組み合わせたものとなります。これらの治療は患者さんの体に負担は少ないと考えられます。

牛田班の立場(ワクチン接種後の症状は機能性身体症状であるという立場)は厚生労働省の側に立つものとなっています。そのため、原告の方は牛田班の病院での治療を望まないと考えられます。

池田班に属する医療機関の特徴

  • 信州大学医学部附属病院、東北大学医学部附属病院、千葉大学医学部附属病院、近畿大学医学部附属病院等、6病院(2020年1月6日)、(2016年4月1日時点では8病院)
  • 診療科は(脳)神経内科
  • 免疫学的な治療を行う
  • HPVワクチンの副作用は、免疫に関するものであるという立場

池田班は、ワクチン接種後の症状は免疫によるものであると考えます。鹿児島大学ではステロイドパルス療法、免疫グロブリンの大量静注(IVIg)、血液浄化療法が行われます(1)。

池田班の立場( ワクチン接種後の症状は免疫によるもの)はHPVワクチン訴訟の原告の側に立つものとなっています。そのため、原告の方は池田班の病院での治療を望むと考えられます。しかし、池田班の治療は患者さんの体に負担がかかるものとなっています。

池田班による成果発表会

平成28年3月16日、池田班、牛田班の研究の成果を、協力医療機関等の医師に対して情報提供を行うために成果発表会を開催したところ、池田班より、HPVワクチンを接種したマウスのみに自己抗体の沈着を示す陽性反応があった、との報告がありました。HPVワクチンの薬害を証明する発表であると期待されました。しかし、医療ジャーナリストの村中璃子氏から実験方法に問題があるという指摘があり、「HPVワクチン接種後に生じた症状がHPVワクチンによって生じたかどうかについては何も証明されていない(厚生労働省)」という結果に終わりました。この村中氏の指摘に関して元信州大学医学部長(元第三内科教授)の池田修一氏が名誉棄損での訴えを起こし、裁判中です。

HPVワクチン接種後に機能性身体症状が出た場合の治療

HPVワクチン接種後に、何らかの症状が出た場合の紹介先として協力医療機関が公開されています(2)。

協力医療機関の特徴

  • 診療科は産科婦人科 、麻酔科、ペインクリニック、小児科、整形外科神経内科
  • より専門性の高い医療が必要と判断した場合は、厚生労働科学研究事業研究班(牛田班、池田班)の病院へ紹介を行います

HPVワクチン副作用の研究、治療の問題点

治療方法は整形外科、リハビリテーション科、麻酔科、ペインクリニック、産婦人科による牛田班と神経内科による池田班で異なります。

池田班は、成果発表会による不適切な実験手法について、厚生労働省から厳しく注意を受けています。祖父江班の疫学調査や名古屋スタディの結果もあり劣勢な状況です。

HPVワクチンの副作用についての研究は、牛田班、池田班で継続して行われています。早急な結果の取りまとめが期待されます。池田班で行われるような治療は危険を伴います。池田班の治療により症状が改善した場合、HPVワクチンの薬害を裏付けるものとなるため、原告の患者さんが無理な治療を希望しないか心配になります。

2013年に研究班が発足後、2016年にHPVワクチン訴訟が提起されたという経緯がありますので、厚生労働省が設置した研究班が原告の手助けをするような状況になっています。しかし、祖父江班による疫学調査の結果もあり、どちらが適切であるか結論が出たと考える方もいます。また厚生労働省のリーフレットでは、ワクチン接種後の症状は機能性身体症状であると明記されています。

HPVワクチン関連神経免疫症候群(HANS)

HANSは、HPVワクチンが原因で自律神経系・内分泌系の障害、認知機能・情動の障害、感覚系の障害、運動器の障害が重層的、時系列的に発現し増悪・改善を繰り返す疾患(3)であると定義されています。

西岡久寿樹医師、横田俊平医師等により、提唱されています。

現在、HANSに関するエビデンスはありません。

まとめると

厚生労働省は、ワクチン接種後の多様な症状は機能性身体症状であり、ワクチン接種後、持続的な疼痛が無く、一定期間経過後に多様な症状が発現した場合は、 ワクチン接種とは無関係の立場です。

機能性身体症状を呈する患者さんへの医療機関の無理解が、この問題の根底にあるのではないかと考えられます。

HPVワクチン接種後に機能性身体症状が出た場合の診断、治療は厚生労働省が設置した研究班(牛田班、池田班)が行いますが、治療方針は研究班により異なっています。HPVワクチン訴訟が提起され、厚労省が設置した研究班(池田班)が原告の手助けをするような状況になっています。 厚生労働省が、池田班の研究の継続を認める限り、現在の状況が続くと考えられます。

これらのことから、医療現場が落ち着きを取り戻すまではHPVワクチンの接種を控えようというのが、国民の考えなのではないでしょうか。

参考文献
(1)ヒトパピローマウイルスワクチン接種後の神経症状はなぜ心因性疾患と間違えられるのか? 高嶋博
(2)ヒトパピローマウイルス感染症の予防接種後に生じた症状の診療に係る協力医療機関について 厚生労働省
(3)多様性に富むHANSの臨床病態の解析 西岡久寿樹

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