コラム

臨床獣医師の立場から、近藤誠先生のがん放置理論について考えてみる

近藤誠先生は「がんは放置すべき」という理論で数多くの書籍を出されています。

賛否両論ありますが、獣医師にとっても参考にすべき点が多数ありますので、私の見解も交えてまとめます。

がん放置療法

「がんは放置すべき」という理論ですが要点をまとめると

がん放置療法の要点
  • がんには「本物のがん」と「がんもどき」がある。
  • 「がんもどき」は転移することがないので手術の必要はない。
  • 「本物のがん」は発見された時には、目に見えない微小なレベルで転移しているので、手術適用ではない。また手術を行うことで眠っているがん細胞が暴れだす恐れがある。
  • 「がんもどき」、「本物のがん」共に手術の必要はないので、がんでは手術の必要はない。
  • 抗がん剤は正常細胞を死滅させるので、余命が縮む。

ただし、これらは固形がんに関する話ですので、リンパ腫等の血液のがんに関しては抗がん剤を使用することには、反対しておられません。

また放射線治療に関しては、反対されていません。

がん放置療法の問題点、疑問点

がん放置療法の問題点、疑問点は

  1. 「本物のがん」と「がんもどき」はどうやって見分けるのか?
  2. がん放置療法の理論では、手術や抗がん剤治療後すぐに亡くなった場合は、「本物のがん」だったので不要な治療であった。手術や抗がん剤治療後も生存している場合は、「がんもどき」で治療は不要であったとなる。この理論は結果論ではないのか?
  3. がんを放置していた場合に、がんが増大することで、機能障害やQOL(生活の質)の低下を引き起こす場合がある。例えば腸閉塞や胆管閉塞、乳がんの自潰等。結局は外科手術や化学療法が必要になる場合があるのではないか?
  4. 早期胃がんの場合、内視鏡による切除が可能で、侵襲が少ない。自己侵襲のリスクよりもベネフィットの方が大きいのではないか?

①に関しては、著書ではほぼ言及がありません。しかし、「本物のがん」であろうが、「がんもどき」であろうが、手術や抗がん剤治療を行う必要が無いという主張ですので、見分ける必要が無いと言ってしまえばそれまででしょう。

②に関しても、「本物のがん」であろうが、「がんもどき」であろうが、手術や抗がん剤治療を行う必要が無いという主張ですので、この批判は当たらないでしょう。

③に関しては、がん放置療法の一番の問題点だと思います。 手術や抗がん剤による自己侵襲のリスクと機能障害やQOLの低下が起こるリスクのどちらを取るかの話だと思います。がんの発生部位、ステージ等から、個々で判断する他ないと思います。

④に関しては、早期がんで侵襲が少ない手術であれば行っても良いのではないかと考えます。

獣医療での腫瘍(がん)診断、治療

ヒトとは異なり、獣医療では人間ドッグで行われるようなCT検査、MRI検査、内視鏡検査は全身麻酔が必要になりますので、検診として行われることはまずありません。従って無症状で腫瘍(がん)が発見されるケースは少ないのが実情です。

腹部の超音波エコー検査や胸部レントゲン検査で偶然、腫瘍が発見されることはあります。この場合に手術を行うべきかどうかの明確な基準は、獣医療では存在しないことが多いです。この場合に手術を勧めるかどうかは、獣医師の判断に依ります。

犬、猫では、機能障害やQOLの低下を起こした状態で来院し、腫瘍が発見されることが多いです。ヒトとは異なり、腫瘍の発見が遅れたり、元気なのでという理由で腫瘍が放置された末に来院するということです。例えば

  • 乳腺腫瘍が大きくなり、自潰し、来院。
  • ふらつきがあるという主訴で来院。検査すると脾臓が破裂していた。
  • 耳介から出血し、血が止まらない。(猫の扁平上皮癌)
  • 食欲不振と嘔吐で来院。腸の腫瘍が原因で腸閉塞を起こしていた。

こういう例では手術以外の選択肢は、ほとんどありません

対症療法で手術を回避する方法もありますが、動物や飼い主の負担は大きくなります。

しかし、前日まで元気、食欲は問題無く、いつも通りの生活をしていたという場合がありますので、機能障害やQOLの低下がなければ、腫瘍が放置されても問題無く、生活している症例もあるのではないかと思います。しかし、腫瘍が放置されることで、手術以外の選択肢が無い状態で来院されることがあるのも事実です。

ただし、非常に悪性度の高い腫瘍や抗がん剤がよく効くとわかっている腫瘍には手術や抗がん剤が適用となります。

非常に悪性度の高い腫瘍(放置すると短期間で転移、死亡することが多い)
  • 猫の乳がん
  • 犬の肥満細胞腫
  • 犬の組織球肉腫
抗がん剤がよく効く腫瘍
  • 犬の多中心型リンパ腫

手術を推奨する場合の問題点

近藤先生の書籍で、元巨人の王貞治氏の胃がんの手術を行った医師の発言が取り上げられています。「(胃がんの)手術のエビデンスはないです」という発言です。従って王さんは根拠なく、胃袋を全摘出されてしまい、切除した外科医自身が認めていると記されています(1)。

これに対しては、「胃がんを患っている患者に対して、手術をするか、しないかの対照実験は倫理上できるはずがないので、エビデンスが無くて当然である。」という反論があります。

しかし、患者の視点に立てばエビデンスはある方が良いと思います。

獣医療の場合

腫瘍が発見された場合、手術をした場合としなかった場合の生存率の違いに関するデータは十分にありません。

獣医師の立場としては、非常に悪性度の高い腫瘍を除き、無症状の動物に対し、エビデンスが無いにもかかわらず、手術を勧めるのは難しいです。

放置することで機能障害やQOLの低下が起こり得ることを説明はしますが、強く手術を勧めることはできないです。

従って動物の場合、腫瘍が見つかっても無症状であれば、経過観察を行い(結果的にがん放置療法を行っている)、機能障害やQOLの低下が起こった後に手術を勧めることが多いと思います。(非常に悪性度の高い腫瘍を除きます。積極的に手術を勧める獣医師もいます。)

がん放置理論の今後

近藤先生の書籍は未だによく売れています。近藤先生のやっかいな所は

  1. 「本物のがん」と「がんもどき」があるという説を完全に否定する証拠を出すのは非常に困難。
  2. 胃がんの手術のエビデンスのような倫理上、対照実験が行えないようなエビデンスを要求する。

①に関しては、「放っておいても進行しないがん」、「放っておいたら進行していずれは死に至るけれど、積極的治療で治るがん」、「積極的治療を行っても治癒は難しいけれど、治療で延命、共存できるがん」、「積極的治療を行っても、治癒も延命・共存もできないがん」があるという反論があります(2)。しかし、著者が4つを見極めることができないと認めてますので、完全に否定する証拠としては弱いと思われます。

②に関しては、エビデンスがあるに越したことはないですが、近藤先生は議論に勝つために出せるはずが無いようなエビデンスを要求しているように思います。

これらのことから「がん放置理論」は完全に否定されることはなさそうです。

しかし、近藤先生の患者で、乳がんが自潰した症例に対し、鎮痛剤さえ処方されなかった(2)という話があります。放置することで機能障害やQOLの低下を起こした場合は自己責任ということになってしまいます。このことを理解した上で、がんを放置するかどうかを考える必要があると思います。

参考文献
(1)眠っているがんを起こしてはいけない 近藤誠
(2)医療否定本の嘘 勝俣範之

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