コロナウイルスPCR検査の感度、特異度はトレードオフの関係にあり、感度を上げようとすると特異度が下がると主張する人達がいます。
日本疫学会
https://jeaweb.jp/covid/qa/index.html
感度とは、今回の新型コロナウイルス感染の場合、本当に感染している人の中で、どのくらいの割合を診断できるか(感染の把握ができるか)?ということです。100人の真の感染者がいる場合、100人すべてを把握できれば、感度は、100%です。
一方で、感染していない人を感染していないとすることも大事です。これは特異度という指標で表現します。新型コロナウイルスに本当に感染していない人、100名に対して、100名に感染していないと言えれば、特異度100%となります。
感度、特異度、ともに100%が理想ですが、多くの場合、一方を100%にしようとすると他方が下がるトレードオフの関係にあります。
本当なのでしょうか?
一般検査
カットオフ値
横軸は測定値、縦軸は人数です。
生化学検査等の一般的な検査を行うと検査結果の分布は正規分布という山の形状になります。
山の重なり具合は検査により異なります。
疾患群と非疾患群を分ける値をカットオフ値と呼びます。
ここで仮にカットオフ値を次のように決めるとします。
カットオフ値をこのように決めた場合、偽陰性(①)、偽陽性(②)は上図のようになります。
カットオフ値の決め方は様々ですが一般的には偽陰性、偽陽性が少なくなるようにカットオフ値を設定します。
感度、特異度はトレードオフの関係
次に感度が上がるようにカットオフ値を設定してみます。
このようにカットオフ値を設定すると感度は上がりますが、偽陽性(①+②)が増えます。(特異度は下がります)
今度は特異度が上がるようにカットオフ値を設定します。
このようにカットオフ値を設定すると特異度は上がりますが、偽陰性(①+②)が増えます。(感度は下がります)
このように一方が上がると他方が下がる関係にあることをトレードオフの関係にあると言います。
コロナウイルスPCR検査
感度、特異度について
コロナウイルスPCR検査の陽性、陰性の定義については混乱が見られます。
次のような2つの定義があることを確認しておきます。
定義1
- 陽性:検体中に目的とする遺伝子配列を持つDNA(RNA)が存在する
- 陰性:検体中に目的とする遺伝子配列を持つDNA(RNA)が存在しない
- 偽陽性:検体中に目的とする遺伝子配列を持つDNA(RNA)が存在しないにもかかわらず、陽性と判定する
- 偽陰性:検体中に目的とする遺伝子配列を持つDNA(RNA)が存在するにもかかわらず、陰性と判定する
定義2
- 陽性:ウイルスに感染していてPCR検査で陽性
- 陰性:ウイルスに感染していなくてPCR検査で陰性
- 偽陽性:ウイルスに感染していないがPCR検査で陽性
- 偽陰性:ウイルスに感染しているがPCR検査で陰性
定義1の感度、特異度
厚生労働省が調査したPCR検査キットの陽性一致率、陰性一致率はほとんどのキットで共に100%でした。
プロトコルの設定が適切なのでしょう。
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/2019-nCoV-17-20200430.pdf
ほとんどの検査キットで感度、特異度は共に100%ですので「定義1」で「感度、特異度はトレードオフの関係になっている」とするのは無理があります。
定義2の感度、特異度
「定義2」の感度、特異度について考えてみます。
偽陰性の原因はほとんどが検体採取に関することです。
感度を上げるためには次のような方法があります。
- 検体数を増やす(複数個所からの検体採取を行う)
- 検体採取が下手な人に採取させない
- 検査回数を増やす(時間を置いて再検査を行う)
順番に考えます。
①検体数を増やした場合(鼻咽頭、喉頭、唾液等異なる部位から検体採取を行う)は感度は上がると考えられます。
コロナウイルスPCR検査の特異度は99.9999%以上はありそうですので99.9999%として考えます。
偽陽性の原因は検体取り違え、検体の汚染、回復途中でのウイルス断片検出等です。
1検体で0.0001%の偽陽性が出るとした場合、2検体で検査を行った場合、偽陽性が出る確率は増えるのでしょうか?
増えるとしても0.0001%程度でしょうが一体どうやって計算するのでしょう?
感度を上げるために検体数を増やすと偽陽性が0.0001%程度増える可能性があるので、検体数を増やすべきでは無いと考える人がいるのでしょうか?
②については感度は上がるでしょうが、特異度には影響しないと考えられます。
③については①と同様です。
検査回数を増やした場合、感度は上がると考えられます。
特異度が下がるとしても0.0001%程度でしょう。
これらのことから「定義2」で「感度、特異度はトレードオフの関係になっている」とするのは無理があります。
まとめると
「定義1」の場合、ほとんどの検査キットで感度、特異度は共に100%ですので「感度、特異度はトレードオフの関係になっている」とするのは無理があります。
「定義2」の場合、感度を上げるための操作(検体数を増やす、検査回数を増やす)をした所で偽陽性が0.0001%程度増えるどうかです。
従って感度を上げるための操作をしても通常は問題にはなりません。
定義2についても「感度、特異度はトレードオフの関係になっている」とするのは無理があります。
これらのことから「コロナウイルスPCR検査の感度、特異度はトレードオフの関係にある」とするのは不適切であると考えます。
室月氏の言う感度、特異度は「定義2」です。
コロナウイルスPCR検査の感度、特異度とその関係性を正しく理解していないので、このようなトンチンカンな意見になっています。
いろいろな方から指摘を受けても訂正する様子はありません。
「臨床ではこうなんだ」と自分勝手な理論で押し通すつもりかもしれません。