狂犬病はヒトを含めた全ての哺乳類が感染し、発症するとほぼ100%死亡します。
日本では1950年に狂犬病予防法が施行され、1956年の6頭の犬の発生と1957年の猫での発生を最後に狂犬病の発生はありません(1)。(狂犬病流行国で犬に咬まれ、帰国後発症した事例はあります)
日本では狂犬病が流行した終戦後とは犬の飼育形態が大きく変化しているにもかかわらず、未だに狂犬病ワクチン全頭接種が義務付けられています。
狂犬病ワクチン全頭接種は本当に必要なのか?
日本が狂犬病対策としてすべきことは何なのか?
についてまとめます。
Contents
狂犬病の病原巣と感受性動物について
基礎知識として知っておく必要があるのは狂犬病の病原巣と感受性動物の違いです。
上図にあるように病原巣の動物は他の動物に感染を広げる(2)ので危険です。
感受性動物は感染はしますが他の動物に感染を広げる可能性は低い(2)です。
狂犬病ではイヌ、キツネ、スカンク、アライグマ、コウモリが病原巣として知られています(2)。
狂犬病予防法による検疫対象動物がイヌ、ネコ、アライグマ、キツネ、スカンクとされているのはこのことが理由になっていると考えられます。(ネコは感受性動物ですが輸入される頭数が多いからと考えられます。)
コウモリが検疫対象外なのは輸入が禁止されているためです。
また調査により今後、病原巣とされる動物が増える可能性はあります。
日本で狂犬病ワクチン接種をイヌのみに行うのは伴侶動物の中で病原巣がイヌだけだからです。他の伴侶動物(ネコ、フェレット、ウサギ等)は感受性動物なので感染はしますが他の動物に感染を広げる可能性が低いのです。
またイヌ、コウモリ以外の病原巣からヒトへの感染は非常に稀(3)であるとされています。
ネコに咬まれて狂犬病に感染したという事例がニュースになってました。感受性動物でも他の動物に感染を広げる事例が全くない訳ではないのです。しかしニュースになるということは非常に稀な事例であると考えて良いと思います。
各国の狂犬病対策
現在、世界で狂犬病の清浄国はわずか8ヶ国(英国、日本、スウェーデン、アイスランド、ノルウェー、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール)です(4)。
狂犬病発生地域では狂犬病は2つの型に分類されます。
型 | 主な媒介動物 | 対策 | 地域 |
都市型 | イヌ | ワクチン注射 | 発展途上国 |
森林型 | 野生動物 | 経口ワクチン | 先進国 |
イヌ以外の主な媒介動物 | 型 | |
欧州(主に東欧) | アカキツネ、タヌキ、北極キツネ、イタチ、リス、コウモリ | 森林型 |
北米 | アライグマ、コヨーテ、キツネ、マングース、スカンク、オオカミ、フクロネズミ、コウモリ | 森林型 |
韓国 | タヌキ、アナグマ | 森林型 |
台湾 | イタチアナグマ | 森林型 |
ロシア | キツネ、オオカミ、タヌキ、イタチアナグマ、ヤマネコ、コウモリ | 都市型 |
中近東 | キツネ、オオカミ、ジャッカル | 都市型 |
インド | マングース、キツネ、ジャッカル、アライグマ、コヨーテ、イタチ、コウモリ | 都市型 |
中国 | アライグマ、タヌキ、イタチアナグマ、イタチ、ネズミ、シカ、コウモリ | 都市型 |
南部アフリカ | マングース、吸血コウモリ、コウモリ | 都市型 |
日本で終戦後に狂犬病が流行した時は主な媒介動物はイヌでした。対策はイヌに対する狂犬病のワクチン接種(係留、淘汰)でした。これらのことから、終戦後日本で流行した狂犬病は都市型であったと考えられます。
しかし、現在先進国の狂犬病発生地域で問題となっているのは野生動物により媒介される森林型の狂犬病です。
日本と同じく狂犬病清浄国のイギリスでは狂犬病ワクチン接種は廃止されています。
イギリスでは森林型の狂犬病発生に備えて野生動物で狂犬病が発生した場合の対応マニュアルが作成されています(4)。
一方、日本では野生動物で狂犬病が発生した場合の対応マニュアルはありません。また野生動物の生息域の調査も十分であるとは言えません。
日本では狂犬病が流行した当時生息していなかったアライグマが各地で繁殖しています。野生動物の生息域は変化してきています。従って日本では森林型の狂犬病発生に備えた対策こそが必要であると考えます。
狂犬病ワクチン接種は必要か?
日本獣医師会の見解
日本獣医師会は狂犬病ワクチン接種率70%を目標としています(5)。70%の根拠は集団免疫の考えに基づいています。ある集団においてワクチン接種を行っている個体の割合が高いほど感染の拡散防止につながるという考えです。しかし、他の犬と接触する機会がほとんどないような室内犬にもこの考えを適用するのは無理があると思います。
外飼い3頭、完全室内飼い7頭全10頭の2群について考えます。上の群はワクチン接種率30%です。下の群はワクチン接種率70%です。
一体どちらの群が狂犬病発生のリスクが高いでしょうか?
全頭接種での70%の目標は全くの無意味です。
完全室内飼いの犬に狂犬病ワクチン接種は必要か?
散歩に連れて行かずにほぼ室内で犬を飼う方は増えています。
このような完全室内飼いの犬にワクチン接種は必要なのでしょうか?
狂犬病は感染している動物に咬まれ、唾液中に排出されるウイルスが体内に入ることにより感染します。
完全室内飼いの犬が一体どのようにして狂犬病に感染するのでしょうか?
- 家の外に脱走して狂犬病感染動物に咬まれる
- 家の中に狂犬病感染動物が侵入し、咬まれる
考えられるケースはこれくらいだと思います。
①に関しては日本で狂犬病が発生し、近所に狂犬病に感染した野犬や病原巣である野生のアライグマやタヌキがいて、偶々脱走した場合にそれらに咬まれるケースです。
②に関しては日本で狂犬病が発生し、狂犬病に感染した野犬や病原巣である野生のアライグマやタヌキが家に侵入し、家の中で咬まれるケースです。このケースは飼主自身も非常に危険ですが・・・
日本で現状の検疫システムが維持・遵守された場合、狂犬病の侵入リスクは49,444年に1回とするシミュレーション結果があります(6)。
これらのことから、完全室内飼いの犬が狂犬病に感染する確率は非常に低いと考えます。
さらに完全室内飼いの犬が狂犬病に感染し、他の犬に感染させる確率となるとほぼ0%であると考えても良いと思います。
結論として
狂犬病ワクチン全頭接種は無意味なので廃止すべきと考えます。
ただし狂犬病発生のハイリスク群に関しては接種を義務づけ、罰則を強化すべきであると考えます。
- 近隣に野犬の集団が存在する地域で外飼いの犬
- 病原巣となる野生動物(アライグマ、キツネ、タヌキ等)が近隣に多数生息している地域で外飼いの犬
狂犬病対策として日本が取るべき施策
これらをまとめると次のようになります。
- 検疫体制の強化
- 野生動物の分布域の調査、野生動物に狂犬病が発生した場合のマニュアル作成等、森林型の狂犬病発生に備えた対策を強化する
- 狂犬病ワクチン接種は狂犬病発生のハイリスク群に限定する
狂犬病の撲滅に尽力した人々の努力には敬意を払います。しかし、犬の飼育形態の変化、野生動物の生息域の変化、海外からの動物の輸入数の増加等日本を取り巻く環境は変化してきています。
当院では狂犬病予防法を遵守し、飼い主への狂犬病ワクチン接種を推奨し、飼い犬への狂犬病ワクチン接種を行っています。しかし、現在の法律は現状に即したものではなく、無意味と考えられる接種も行っているのは事実です。
日本の狂犬病対策が現実に即したものになることを期待します。
(参考文献)
(1)厚生労働省 狂犬病に関するQ&Aについて
(2)狂犬病予防接種は何故必要か 岡本嘉六
(3)厚生労働省検疫所 狂犬病について(ファクトシート)
(4)世界の野生動物狂犬病の現状と日本の対応策 小澤義博
(5)狂犬病ワクチン接種の見直し意見に対する 日本獣医師会の見解
(6)狂犬病ワクチン接種は本当に必要か 杉浦勝明