新型コロナウイルスの感染状況を表す指標として実行再生産数というものが用いられています。
実行再生産数について調べてみました。
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実効再生産数の定義と8割減の理由
西浦教授の説明によると
R0(基本再生産数:一人が生み出す二次感染者数)の推定値はドイツの値を用い、2.5とします。
行動制限を行う人の割合をpとすると
Re(実効再生産数:実際に一人が生み出す二次感染者数)は
Re = (1-p) × R0となります。
Reが1以下の場合は感染は収束に向かいます。
Reを1以下にするにはpを0.6(6割)とすれば良いのですが、夜の街での行動変容は難しいと考え、8割減にしたという説明です。
実効再生産数の計算
(1)(2)(3)のサイトを参考に東京都の実効再生産数の計算を行ってみました。
R = K2(L × D) + K(L + D) + 1
= K2 × 63+ K × 16 + 1
K =(LOG(過去7日間の感染者数計)ー LOG(さらにその前の7日間の感染数計))/7日間として計算しました。
R:実行再生産数
L:平均潜伏期間 = 7日
D:平均潜伏感染期間 = 9日
K:対数成長速度
実効再生産数と感染者数の推移-厚生労働省発表資料との比較
上図が厚生労働省発表資料で下図が上の計算から得られた数値をグラフ化したものです。
似たようなグラフにはなりました。しかし次のような違いがあります。
上図(厚生労働省発表):
横軸が推定感染時刻になっています。
縦軸の感染者数は推定感染者数となっています。
下図(計算式から得られたグラフ):
横軸が確定感染時刻となっています。
縦軸の感染者数は確定感染者数となっています。
横軸は上図では推定感染時刻、下図では確定感染時刻となっていますので、下図のグラフを全体的に左に潜伏期間分(7日間)移動させることで上図に近づくと思います。
実行再生産数は厚生労働省の発表(上図)では4月10日で0.5となっています。
この計算(下図)では4月10日で1.14、4月17日で0.897となり、4月13日以降は1以下で推移しています。
おそらく実際に使われている計算式やパラメータが異なっているのでしょう。
しかし、一番大きな問題は上図の感染者数が推定感染者数となっていることです。
一体どのようにして求めているのでしょう?
推定感染者数
実効再生産数は1日ごとの新規感染者数が計算のベースになっている。だが現在、保健所の態勢が追いつかないこともあり、症状がみられてもすぐPCR検査を受けられないケースが続出しており、正確な感染状況が把握できていない状況だ。そのため、実効再生産数の計算ではPCR陽性率を補正することで検査数の少なさをカバーしているという。
東洋経済ONLINE 2020/05/02
PCR検査を制限し、PCR陽性率が高い場合は陽性者を捕捉できていないと考えられますので実際の感染者は発見された感染者よりも多いと考えられます。
逆にPCR検査が充分に行われ、PCR陽性率が低い場合は陽性者を捕捉できていると考えられますので実際の感染者は発見された感染者に近い数であると考えられます。
従ってPCR陽性率で実際の感染者を推測することは可能だとは思います。
現在の日本の現状を考えると捕捉できていない陽性者は次のような人達です。
- PCR検査で偽陰性の人
- PCR検査を希望したが、検査をされなかったため様子を見ているうちに自然治癒した人
- 発症したがPCR検査を希望せずに検査しなかった人
- 無症状の感染者
- 検査を受ける前に死亡した人
①については捕捉できない偽陰性者はほとんどいないと考えられますので
無視できるくらいの数だと思います。
③の人はそれなりの数存在するのではないかと考えます。感染が発覚すると職場に迷惑がかかることを考え、感染を隠すケースです。
「軽症者は家で寝てろ」「37.5度以上4日間が受診の目安」等の誤ったメッセージが発信されていますので寝てる間に治ってしまったケースもあると思います。
④、⑤はどの程度いるのかは推測可能なのでしょうか?
これら全ての捕捉できない陽性者をPCR陽性率で補正することで推測しているのでしょうか?
次のような報道もあります。補正に用いるためのPCR陽性率すら正確ではないようです。
政府がPCR「陽性率」を正確に把握できない事情12都県は厚労省の報告要求に応じず
新型コロナウイルスの感染の有無を確認するPCR検査(遺伝子検査)について、政府が新規の検査人数に対する陽性者の割合(陽性率)を正確に把握できずにいる。
毎日新聞2020年5月3日
検体を採取する機関が多数ある上に、その検査結果が判明する日にちもバラバラになりがちで、陽性率の算出に不可欠な「分母」(新規検査人数)と「分子」(陽性者)を全国的に把握する仕組みが存在しない。厚生労働省が求める報告に、12に及ぶ都県が応じていない実情もある。
上図の計算式を見るとわかりますが実行再生産数を求めるために感染者数は非常に重要なパラメータです。ところがPCR検査が充分に行われていないため感染者数は推定感染者数となっています。推定感染者数を求めるためにPCR陽性率で補正を行っているようですが、PCR陽性率も正確に把握できていません。
これらのことから実行再生産数が信頼性に欠けるデータとなっています。
当然のことですが実態を表しているかどうかわからない実行再生産数を元に自粛解除の可否を決めることは不可能です。
そもそもの話として正確な感染者数を把握するために検査を拡充すれば済む話だと思うのですが検査の拡充は進んでおりません。
クラスター対策について
西浦教授の説明
クラスター対策について西浦教授の説明では
クラスター対策では1つは接触者を徹底調査します。
もう一つは行動変容と呼ぶもので危険な行動にメスを入れるということです。
この2つで対策ができるということは二次感染者の分布から示されます。
横軸は一人当たりが生み出す二次感染者数、縦軸がその人数となっています。
ほとんどの感染者は二次感染者を生み出さない。
グラフの右端にいるようなたくさんの二次感染者を生み出す感染者が原因でクラスター(集団感染)が生み出されます。
そういう人達(クラスターを引き起こす人達=スーパースプレッダー)は3密の環境にいることが多いのがわかっています。
接触者追跡調査をすることで二次感染をできるだけ早く見つけ、1人当たりが生み出す二次感染者数の山を左にずらし、二次感染を防ぎます。
3密の環境にいる人を減らすことでスーパースプレッダーになる人を減らします。
これにより全体の二次感染者数を減らします。
こういったクラスター対策は全感染者が少ない間、接触者を追跡することができる間で役に立ちますという説明です。
感染者が増え、感染経路不明者が多数いる場合
感染経路不明者が増えすぎるとクラスター対策の2本柱のうち、「接触者の徹底調査」が不可能となります。
西浦教授自身が「こういったクラスター対策は全感染者が少ない間、接触者を追跡することができる間で役に立ちます。」と言ってますので東京や大阪、北海道のように感染者が増え、感染経路不明者が多数いる場合、もはや上記のクラスター対策は役に立たない可能性があります。
感染者1人当たりの2次感染者数の頻度分布
クラスター対策の説明に用いられた図と同じような図を西浦教授の論文(4)から見つけました。
説明では「多くの感染者は2次感染者を生産せず、一般的に(特にこういった小規模流行では)R0の分布は右方向に裾を引く分布を示す」とあります。
この説明でも「小規模流行では」とありますので現在の東京等では感染者1人当たりの2次感染者数の頻度分布そのものが変化している可能性があります。
現在の日本の対策では「二次感染をできるだけ早く見つけ、1人当たりが生み出す二次感染者数の山を左にずらし、二次感染を防ぎます。」という西浦教授の説明とは反対のことをしています。
PCR検査を制限することで本来であれば二次感染者を生み出さなかったであろう人達を放置することになり、1人当たりが生み出す二次感染者数の山が右にずれてしまっている可能性があります。
まとめると
実行再生産数を求めるために感染者数は非常に重要なパラメータです。ところがPCR検査が充分に行われていないため感染者数は推定感染者数となっており信頼性に欠けるデータとなっています。
当然のことですが実態を表しているかどうかわからない実行再生産数を元に自粛解除の可否を決めることは不可能です。
感染経路不明者が増えすぎるとクラスター対策の2本柱のうち、「接触者の徹底調査」が不可能となります。
西浦教授自身が「こういったクラスター対策は全感染者が少ない間、接触者を追跡することができる間で役に立ちます。」と言ってますので東京や大阪、北海道のように感染者が増え、感染経路不明者が多数いる場合、クラスター対策は役に立たない可能性があります。
各国が当たり前のように行っている徹底的な検査、隔離ができないために実行再生産数が意味の無い数字となり、クラスター対策が意味の無い対策となりつつあります。
感染を収束させるには徹底的な検査と隔離が必要なはずですが政府の動きは鈍いままです。
参考サイト
(1)https://plaza.rakuten.co.jp/techmfg/diary/202005030000/
(2)http://www.med.u-toyama.ac.jp/biostat/hitori.html
(3)https://biostat-hokudai.jp/seirmodel/
(4)https://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/54-2-461.pdf