K値は大阪大の中野貴志教授(原子核物理)が考案したもので感染症の流行状況を知る指標とのことです。
大阪モデルに採用されるのではないかと言われ、注目を集めています。
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K値とは?
週当たりの感染者数増加数です。
K = 直近1週間の感染者数 / 総感染者数 = 1- 1週間前の総感染者数 / 総感染者数
となっています。
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/K-slides-public.pdf
気になるのはK値の感染者数の求め方です。
感染者数は報告された陽性者数です。
陽性率での補正はされていません。
また感染者数は報告日をそのまま使用してそうです。
従ってK値は感染実態を直接表す数値ではなさそうです。
実効再生産数の場合
実効再生産数の場合は感染者数は陽性率で補正しています。
また潜伏期間を考慮し、報告日とのズレを補正しています。
K値の問題点
K値は陽性率や潜伏期間で補正されたものではありませんので感染実態を直接表す数値ではなさそうです。
K値はその特性として検査体制に大きく影響を受けます。
K 値で読み解く COVID-19 の感染状況 と今後の推移
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/note2.pdf
K 値の計算になぜ総感染者数 N(d)しか使わないのか?
我々が一番恐れたのは 2 月の中国で起こったような「感染者」の定義の変更による総数の不連続なジャンプや、PCR 検査の実施基準の大幅な変更である。幸いにして、 そのようなことは第1期非常事態宣言中には起こらなかった3。
3 検査体制が十分でないため予め決めた検査を実施する基準を遵守できないという理由で PCR 検査体制を強化するのは良いが、もっと感染者は多いはずという思い込みだけで検査体制を強化し、基準を変更して検査数を増やすことは弊害の方が多い。
本来、統計的推定ではデータが集まれば集まるほど推定の精度が上がるものだと思います。
ところがK値の場合、検査基準を変更し、検査体制を強化してデータが集まれば集まるほどズレが生じるという特性があります。
「検査数を増やすことは弊害の方が多い」という弊害はK値とのズレが大きくなるからという以上の意味は無いとは思うのですが、データが集まることに否定的な立場になってしまっています。
K値は検査体制に影響を受けます。
従って検査体制の変更等でズレが生じます。
感染実態を過小評価するケース
陽性率が30%で感染者数100人と陽性率が0.1%で感染者数100人の場合を考えます。
前者では検査が追い付かず、感染者を捕捉しきれていないと考えられます。
後者は検査が充分に行き届き、多くの感染者を捕捉していると考えられます。
実効再生産数では感染者数は陽性率で補正しますのでこれらは区別されます。(陽性率での補正がどこまで正確かはわかりませんが)
一方、K値では陽性率での補正がありませんので両者は同じ100人として扱われます。
これは陽性率が高くなった場合に感染実態の過小評価につながります。
感染実態を過大評価するケース
検査体制が強化されるとK値にズレが生じます。
(感染実態を過大評価するケースと書いていますが、あくまでもK値を用いた概念上の話です)
ちなみに、7月7日現在全国で増加傾向にある感染者数は、K値からの予想曲線によれば数日中にピークアウトするものと思われる。もしそのように推移すればK値の信頼性は増すであろう。
https://note.com/prof_a_hill/n/n173709142e58
(注:東京の新宿区などで現在集中的なPCR検査が行われており、まるで感染者数を維持しようとしているかのようであるが、そのようなケースではK値は適用できない。)
吉森保という中野氏の同僚の方の意見です。
宮沢孝幸氏はウイルス学者でK値を推奨しています。
積極的な検査を行うとK値がズレるという意見です。
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/K-slides-public.pdf (中野氏のスライドより)
1つの病院でのクラスター発生でさえ、K値は影響を受けるようです。
これらのことからK値は検査体制が変化しない場合、国(自治体)が発表する陽性者数の変化を表す指標であると考えられます。
従って検査体制が強化された場合や検査が追い付かない場合にはK値が適用できなくなったり、感染実態とのズレが生じるといったことが起こります。
緊急事態宣言は必要無かった?
「吉村知事」が「8割おじさんに騙された」 西浦モデルを阪大教授が全否定した「K値」とは
https://news.goo.ne.jp/article/dailyshincho/nation/dailyshincho-638034.html
「吉村知事は天を仰いでいました。西浦モデルに“騙された”という思いがあるのではないでしょうか」
西浦教授の数理モデル自体はどうか。
「42万人死亡、という数字は、だれも新型コロナを気にせず、毎日ドンチャン騒ぎをする状況なら、確率論的にはありえますが、一般常識としてはありえません。その公表がリスクコミュニケーションとしてどうだったかといえば、私はよくなかったと思う。言い出せば世の中は怖いウイルスだらけで、何百万人死ぬという推計も、出そうと思えば出せます。しかし、出しても恐怖を呼び、社会的に混乱を招くだけです」
また、今回の感染は、
「中野教授のK値を見ても、自然減の傾向が強く、放っておいても下がる」
と語る。そこでもう一人の学者、大阪大学核物理研究センター長の中野貴志教授に登場を願おう。
K値を通して、見えてきたことは多いという。
「人と人との接触が多いと感染拡大のペースが上がるなら、都市部では収束が遅れ、地方では早くなるはずですが、それが変わらない。すると、3月上旬までの感染者で、日本のその後の感染者数の推移は決まったと考えたほうが自然です」
「緊急事態宣言はK値の解析レベルではわからない程度の改善しかなく、大阪と兵庫の往来自粛も同様です。人出の多少でも変わらず、パチンコ店でもクラスターの発生はない。大声で人と話し、唾が飛び交う状況でないただの“密”は危なくない、と考えたほうが論理的です。さらに日本は欧米にくらべ、ロックダウン前の収束スピードが倍くらい速い。これには疫学的ななにかがあると思います。だから、海外から感染者が入ったら欧米のように感染爆発とか、ありえません」
K値を見て自然減の傾向が強いと言っています。
本当でしょうか?
大阪のK値
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/K-slides-public.pdf (中野氏のスライドより)
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/K-slides-public.pdf (中野氏のスライドより)
大阪の3月のK値のグラフ(図8)と4月のK値のグラフ(図9)には連続性がありません。
K値の式から見てわかるように起点(開始点)が変わればグラフが変わります。
ドイツ、フランスのK値
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/K-slides-public.pdf (中野氏のスライドより)
赤点が行動制限前だと思います。
それぞれの傾きが異なるので行動制限による効果が出ているという主張です。
日本のK値
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/note2.pdf (中野氏のスライド)
論文中で示したとおり日本における K 値の推移は極めて安定で、ヨーロッパのいくつかの国で見られたような社会活動の制限等の施策による感染収束速度の増加もなければ、米国で見られるような感染再拡大の兆候も見られない。
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/~nakano/note2.pdf
ドイツ、フランス、日本のK値のグラフを比較し、緊急事態宣言の効果は見られなかったと中野氏は主張します。
何かおかしくありませんか?
上に示した大阪の3月のK値のグラフ(図8)の前半部分は、ドイツのグラフと類似します。
起点が変わればグラフは変わるので、3月を起点として日本のグラフを作り直せばグラフの形は変わるのではないでしょうか?
そもそも日本のK値のグラフの起点が4月1日になっている理由は何なのでしょうか?
起点が変わればグラフも変わるので、起点の決め方が重要になるはずですがK値のグラフの起点の決め方についての記載がありません。
(累計カウンターをリセットする=起点を変更することについての記載はあります)
起点を変更して日本のK値のグラフを作成
3月2日を起点として(特に意味はありません)5月31日までのK値のグラフを作成しました。
全く異なるグラフになりました。
感染爆発を緊急事態宣言で回避したようにも見えます。
起点の取り方でこれだけ変わってしまうのでグラフの形から何かを読み取り、結論づけるのは無理があると考えます。
4月の大阪について
「吉村知事は天を仰いでいました。西浦モデルに“騙された”という思いがあるのではないでしょうか」と記事にありました。
4月の大阪の状況を振り返ります。
4月9日では陽性率は25%を超えています。
この頃は検査体制が追い付いておらず、多くの感染者を見逃していたと考えられます。
PCR検査、大阪で最長10日待ち 医師「保健所受け付けず」―民間委託で拡充急ぐ
https://www.jiji.com/jc/article?k=2020050300126&g=soc
府内では、大阪健康安全基盤研究所(大阪市)や医療機関などで1日当たり計約420件の検査能力がある。府は検体採取場所を増やし、民間検査機関にも委託することで、約890件に拡充する見込みだ。
しかし、感染者の4割が集中する大阪市では4月中旬、相談から検査までに最長10日間かかっていた。重症者やクラスター(感染者集団)の検査を優先したが、待機中に容体が急変して入院した人もいたという。大型連休中で検査が減少した1日時点でも、5日程度の待ち時間が生じていた。
新型コロナが疑われる患者が訪れる地域の開業医も対応に苦慮する。府内のあるクリニックには発熱した人がほぼ毎日来院するが、他の患者とは別の時間帯に、防護服を着込んで診察している。男性院長は「保健所は必要な検査をほとんど受け付けていない」と語気を強める。
院長によると、患者に肺炎の所見があるにもかかわらず、保健所に検査を断られたケースがあった。発熱した別の介護職員は検査を受けられず、仕事に復帰できないまま2週間の自宅待機を余儀なくされているという。
院長は「検査を受けられずに39度の熱が続くのがどれだけつらいか。医療崩壊を防ぐため、患者に過度な負担を強いている現状が気の毒でならない」と話した。
この頃は救急患者の受け入れを一部停止していました。
時事通信(4月18日付)の報道によると、大阪の4病院が救急患者の受け入れを停止したり一部制限したりしたことについて、日本救急医学会の嶋津岳士代表理事が「通常の体制を維持できず、救急医療の崩壊は既に始まっている」と指摘していた。また同記事では、4月13日から重篤な患者の受け入れを停止した大阪急性期・総合医療センターの担当者が「苦渋の選択。コロナの重症者が増え続ける中、通常の救急体制を維持するのは難しい」と話していた。
https://lite-ra.com/2020/06/post-5448_2.html
7都道府県に緊急事態宣言が出たのは4月7日です。
潜伏期間を考慮すると感染減の効果が出るには1~2週間かかると考えられます。
大阪にとっては緊急事態宣言は絶妙のタイミングだったはずです。
吉村知事は大阪では4月中旬PCR検査が10日待ちになっていたことや救急患者の受け入れを停止していたことを忘れてしまったのでしょうか?
K値を採用している自治体
神奈川県はモニタリング指標としてK値を採用しています。
実行再生産数ではなく、K値を用いる理由は不明です。
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ga4/covid19/k-vision/indicator.html
式から見てもわかるように累積感染者数が増えれば増えるほどK値は変動しにくくなります。
上記で作成した日本のK値のグラフでは3月15日の感染者は33人、K値は0.580です。
3月15日の感染者を100人と変更した場合、K値は0.625となります。
5月31日の感染者は32人、K値は0.0171です。
5月31日の感染者を100人と変更した場合、K値は0.0211となります。
ほぼ同じ人数をかさ上げした場合でも累積感染者数が変わるとK値の変動度合が変わります。
さらにこれらの数値は起点を変更することで全て変わってしまいます。
モニタリングとして用いる場合、予想曲線からのズレを見るので問題は無いという考えなのでしょうが、定期的に累積感染者数をリセットする必要があるように感じます。
そんな面倒な運用をするくらいならば、実行再生産数を用いた方が良いと考えるのは私だけでしょうか?
まとめると
K値は感染実態を直接反映するものではなく、検査体制に影響を受けます。
検査体制が強化された場合や検査が追い付かない場合にはK値が適用できなくなったり、感染実態とのズレが生じるといったことが起こります。
K値のグラフは起点の決め方で大きく変化しますが、起点の決め方について中野氏の説明はありません。
K値のグラフから何かを読み取り、結論づけることは無理があります。
K値が実行再生産数に代わる指標になるとは思えません。