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家計学園問題について。獣医師が考える獣医学部新設の問題点

2017年安部内閣により国家戦略特別区域に指定された今治市に岡山理科大学獣医学部が新設されました。

この時、今治市ありきでの獣医学部設置が進められたのではないかとの疑惑が持たれ、家計学園問題として国会での議論が行われました。

日本獣医師会は新設に反対の立場でしたが獣医師の言葉が国会、国民に届く事はほとんど無かったと思います。

獣医学部新設の理由

今治市による大学獣医学部構想で獣医学部新設の理由(1)とされたのは次の点でした。

  1. 小動物臨床に進む獣医師が多く、畜産部門の獣医師が不足しているため
  2. 獣医学部が東日本に偏在し、四国、岡山県、広島県、兵庫県には無かったため

本当に獣医師は不足しているのか?

2040年には犬猫1頭当たりの年間診療回数が今後10年間で20%増加すると仮定した場合3,500人程度、また産業動物獣医師についても 1,100人程度獣医師が不足すると報告されている。

愛媛県今治市における大学獣医学部構想 2008年度

これを読むと獣医師が不足するように思ってしまいますが、根拠としているのが平成19年5月に出された獣医師の需給に関する検討会報告書(2)です。

しかし、この報告書は現状と大きく乖離しています。

検討会報告書における犬、猫飼育頭数のシミュレーションとペットフード協会による全国犬猫飼育実態調査の結果

  2006年 2010年 2015年 2020年 2025年 2030年 2035年 2040年
犬の飼育頭数 12,453,497 12,765,166 13,073,512 13,029,640 13,029,640 13,029,640 13,029,640 13,029,640
猫の飼育頭数 10,548,930 10,883,042 11,105,263 11,182,760 11,171,677 11,171,677 11,171,677 11,171,677
  2014年 2015年 2016年 2017年 2018年
犬の飼育頭数 9,713,000 9,438,000 9,356,000 8,920,000 8,903,000
猫の飼育頭数 9,492,000 9,277,000 9,309,000 9,526,000 9,649,000

上が検討会報告書によるシミュレーション、下がペットフード協会による全国犬猫飼育実態調査の結果です。

検討会報告書のシミュレーションでは 2015年の段階犬では364万頭猫では183万頭過剰な見積もりとなっています。

検討会報告書における小動物臨床獣医師の需要、供給シミュレーションと獣医師の届け出状況による小動物臨床獣医師数

  2006年 2010年 2015年 2020年 2025年 2030年 2035年 2040年
上位 13,202 14,869 16,956 17,499 17,431 17,433 17,433 17,433
中位 13,202 14,285 15,511 15,855 15,793 15,793 15,793 15,793
現状値 13,202 13,667 14,053 14,211 14,154 14,154 14,154 14,154
  2006年 2010年 2015年 2020年 2025年 2030年 2035年 2040年
上位 13,202 14,285 15,511 15,855 15,793 15,793 15,793 15,793
中位 13,202 13,667 14,053 14,211 14,154 14,154 14,154 14,154
現状値 13,202 13,072 12,714 12,716 12,665 12,665 12,665 12,665
  2006年 2010年 2015年 2020年 2025年 2030年 2035年 2040年
供給見通し 13,202 13,807 14,551 15,246 15,747 16,062 16,299 16,407
  2006年 2008年 2010年 2012年 2014年 2016年 2018年
獣医師の届け出状況による獣医師数 13,185 12,913 13,271 14,640 15,205 15,330 15,774

検討会報告書では小動物(犬猫)臨床獣医師の需要について2006年時点での必要獣医師数と供給数を一致させてシミュレーションしています。犬猫の年間診療回数が10年間で20%増加(上位)、10%増加(中位)、現状値(2006年)のままの比較です。上が診療の効率化を勘案する場合で下が勘案しない場合です。

飼育頭数のシミュレーションが現状と違いすぎているため診療回数が減少する場合を想定していません。仮に2006年と同水準の診療回数とした場合であっても(犬猫の飼育頭数が大幅に減少していますのでこの仮定自体が誤りですが)2015年の段階で小動物臨床獣医師は供給過剰となっています。

検討会報告書における産業動物診療分野の獣医師の需要、供給シミュレーションと獣医師の届け出状況による産業動物診療分野の獣医師数

  2006年 2010年 2015年 2020年 2025年 2030年 2035年 2040年
政策反映 4,180 4,054 3,965 3,965 3,965 3,965 3,965 3,965
現状維持 4,180 4,180 4,180 4,180 4,180 4,180 4,180 4,180


2006年 2010年 2015年 2020年 2025年 2030年 2035年 2040年
供給見通し 4,180 3,904 3,660 3,456 3,307 3,201 3,131 3,102


2006年 2008年 2010年 2012年 2014 2016 2018年
獣医師の届け出状況による獣医師数 3,437 3,456 3,313 3,365 3,375 3,353 3,315

産業動物診療分野に関しては獣医師不足が生じるシミュレーション結果となっています。

しかし産業動物臨床分野における新卒獣医師不足はほぼ解消されている(3)とする見方もあります。

仮にシミュレーションが正しいとしても2015年の段階で産業動物診療分野の不足獣医師数より小動物臨床分野の過剰獣医師数が上回っています

結論として

2015年の段階で獣医師の総数は足りている(供給過剰)が産業動物診療分野の獣医師は不足している状態であったと考えられます。

四国の産業動物獣医師の求人状況

四国、中国地方での産業動物獣医師の不足状況を見るために求人情報を調べました。

時期が悪いのかもしれませんが2020年1月現在、四国、中国地方での求人は徳島県1名、香川県若干名のみです(4)。

大学を新設する必要がある求人状況なのか疑問です。

小動物臨床分野への獣医師の偏りは解消されるのか?

私立大学に獣医学部を新設し、小動物臨床分野への獣医師の偏りは解消されるのかは疑問です。それどころか、ますます小動物臨床分野への獣医師の偏りが進むと考えられます。

昔から私立大学は小動物臨床向けの授業が多く、小動物臨床に進む学生が多く国公立大学は公務員、研究者向けの授業が多く、公務員志望が多い傾向にありました。

その理由として学費と給与の違いがあります。

新設される岡山理科大学獣医学部は私立大学で学費は1年間150万円です。入学金等を合わせると6年間で1468万円必要です。

一方国立大学の学費は6年間で約350万円です。

また小動物臨床の獣医師の給与の方が地方公務員の給与よりも高い傾向にあります。

これらのことから、私立大学を卒業し、「公務員として働いて元が取れるのか?」と考え、小動物臨床に進む学生が多いのは至極当然のことだと思います。

従って私立大学に獣医学部を新設しても小動物臨床分野への獣医師の偏りは解消されないと考えます。

獣医師の偏りも無くすために産業動物診療分野の獣医師を増やしたいのであれば公務員の待遇を改善するか国立大学で地元枠を作り獣医学部を新設すべきだったと思います。

結論として

本来であれば小動物臨床分野への獣医師の偏りを解消するにはどうすれば良いかの議論がなされるべきでしたが、マスコミを含め岩盤規制打破既得権益打破というレッテル貼りに終始する結果となり、まともな議論はされませんでした。

その結果、 小動物臨床分野への獣医師の偏りを解消する政策が取られることはなく、新たに獣医学部が新設されることとなりました。今後さらなる小動物臨床分野への獣医師の偏り獣医師の過剰供給が起こることが予想されます。

家計問題で臨床獣医師の声がマスコミに取り上げられることは皆無であったと思います。この事でほとんどの臨床獣医師が政治に関しては失望を覚えたことでしょう。

(参考文献)
(1)愛媛県今治市における大学獣医学部構想 2008年度
(2)獣医師の需給に関する検討会報告書
(3)獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議 (第 10 回)平成25年
(4)日本獣医師会人材募集検索

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