京都大学大学院医学研究科の上久保靖彦特定教授と吉備国際大学の高橋淳教授らの研究グループは「日本人はコロナウイルスに対する免疫を持っていた」という内容の論文を発表しています。
この説を元に「緊急事態宣言は必要無かった」「集団免疫を獲得しているので3密回避不要、マスク不要」 という主張を展開しています。
上久保靖彦氏の説が正しいのか、検証してみます。
Contents
上久保靖彦氏の説の概要
https://www.cambridge.org/engage/coe/article-details/5ead2b518d7bf7001951c5a5
(3月27日に投稿)
論文と動画を元に概要をまとめます。
(論文と動画で整合性の取れない部分がありますので、極力矛盾が無いように解釈しました)
動画でのみ言及していることは(動画)と記載します。
コロナウイルスS型、K型、G型
上久保氏は日本に上陸したコロナウイルスには3つの型があると主張します。
以下は上久保氏の主張です。
S型(Sakigake)
あるウイルスに感染していると他のウイルスが侵入しようとした場合に「干渉」という現象が起こり、他のウイルスの感染を阻害することが知られています。
12月末にインフルエンザの流行曲線に切れ込みが入るようにインフルエンザの感染者が減少しています。
このことからインフルエンザの感染を阻害する何らかの要因があったと考えます。
阻害要因として弱毒型のコロナウイルスの感染があったというのが上久保氏の主張です。
この時のコロナウイルスの型をS型としています。
上図は上久保氏の論文より
S型の特徴は上久保氏によると次の通りです。
根拠は各県での陽性率、死亡率等を元にした計算です。
- 弱毒型
- スパイクに変異がある
- 感染により不完全抗体が生成される
- S型のみの免疫ではG型感染でADEが起こり、致死率が上がる
- GISAIDのS型か?
K型(Kakeru)
1月13日にもインフルエンザの流行曲線に切れ込みが入るようにインフルエンザの感染者が減少しています。
このことからインフルエンザの感染を阻害する何らかの要因があったと考えます。
阻害要因として弱毒型のコロナウイルスの感染があったというのが上久保氏の考えです。
この時のコロナウイルスの型をK型としています。
K型の特徴は上久保氏によると次の通りです。
根拠は各県での陽性率、死亡率等を元にした計算です。
- 弱毒型
- 感染により抗体は産生されず、細胞性免疫が誘導される
- K型の免疫があるとG型に対して感染防御が成立
- GISAIDの何型に相当するかは不明
G型(Global)
欧州や武漢での変異した強毒型のコロナウイルスをG型としています。
G型の特徴は上久保氏によると次の通りです。
根拠は各県での陽性率、死亡率等を元にした計算です。
- 強毒型
- G型感染はK型免疫により感染防御が成立し、S型免疫によりADEを引き起こす
- GISAIDのL型の変異体に相当
日本の免疫状況
上久保氏によると日本の免疫状況は次の通りです。
- 日本人は既に55%がK型に感染し、免疫力を持っている(動画)
- K型の免疫を持っていない45%が武漢G型に感染し、重症化した(動画)
- 武漢G型の感染が進み、日本人は既に集団免疫を獲得(動画)
- 武漢G型の集団免疫に必要な罹患率は80.5%(1-1/RoG)。K型に55%が感染しているので武漢G型には25.5%が感染し、免疫を持っている(動画)
- K型、武漢G型に免疫が無い人が欧米G型に感染した(動画)
上久保氏により基本再生産数の推測値が求められています。
- S型の基本再生産数(RoS) 2.19
- K型の基本再生産数(RoK) 2.2
- G型の基本再生産数(RoG) 5.13
- 武漢G型の基本再生産数 5.23(動画)
- 欧米G型の基本再生産数 6.99(動画)
日本への侵入
- S型 12月23日
- K型 1月13日
- G型 3月5日(東京)、3月中旬(愛知)
疑問点
広島県ではS型、K型に100%の人が曝露された
上久保氏の論文より抜粋
上久保氏は日本の感染状況を計算式で求めるために「広島県ではS型、K型に100%の人が曝露された(x=1,y=1)」という前提で計算を行っています。
x、y、zはそれぞれS型、K型、G型への曝露率とされています。
「広島県ではS型、K型に100%の人が曝露された」の根拠を見てみると、S型によるインフルエンザの流行抑制が見られることと多くの中国人旅行者が訪れたこととされています。
S型の日本侵入は12月23日以降、K型は1月13日以降、 G型は3月以降です。
広島県へのG型の侵入時期は記載がありませんので3月末としましょう。
S型、K型にはG型が侵入するまでに感染していたということですので12月末以降3月末までの間にS型、K型に広島県の100%の人が曝露していたことになります。
実際に計算を行い確認してみます。
上久保氏の計算ではRoK(K型の基本再生産数)、RoS(S型の基本再生産数)は2.2、2.19とされています。
基本再生産数がほぼ同じですので以降はRo = 2.2として計算します。
これは何も対策をしなければ1人が2.2人に感染させることを意味します。
Roが2.2の場合、(1-1/2.2) ×100 = 54.5%の人が感染し、免疫を持った場合に集団免疫を獲得し、感染は収束します。
従って広島県ではS型、K型に100%の人が暴露したとした場合、54.5%の人がS型かK型に感染した段階で集団免疫を獲得し、S型、K型の感染が収束します。
曝露から治癒までの期間を3週間(潜伏期間を5日、発症期間を16日)とします。
S型の侵入を12月23日とし、3月16までの間でS型かK型に54.5%の人が感染していた場合、感染状況は次のようになります。
(1人が3週間で2.2人に感染させ、治癒するとして簡易に計算しました。感染者が増えると次に感染させられる人が減るので実際はこのような早いペースで感染者は増えません)
感染率 | 累積感染率 | |
12月23日 | 1.3% | 1.3% |
1月13日 | 2.9% | 4.2% |
2月3日 | 6.3% | 10.5% |
2月24日 | 13.9% | 24.4% |
3月16日 | 30.5% | 54.9% |
広島県でS型、K型が大流行していた場合、流行最盛期には30%以上の人が感染していた計算になります。
仮に広島県で3月16日にランダムにPCR検査を行った場合、30.5%の人が陽性になるという試算です。
(潜伏期間や治癒間近の場合、陰性となる場合があるため、実際の陽性率は低下します)
広島県の1月30日から3月1日までの検査数は82件、陽性者数は0人です。
3月2日から3月15日までの検査数は381件、陽性者数は1人(陽性率0.26%)です。
3月16日から3月22日までの検査数は168件、陽性者数は2人(陽性率1.2%)です。
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/soshiki/50/korona-kensazisseki.html
これらのことから広島県でS型、K型が大流行していたとは考えられません。
従って「広島県ではS型、K型に100%の人が曝露された」は間違いです。
これ以降の計算は全てこのような前提を元にしたものですので、どの程度の信憑性があるかは想像できると思います。
フィリピンではS型、K型には曝露されず、G型に100%の人が曝露された
上久保氏の論文より抜粋
上久保氏は日本の感染状況を計算式で求めるために「フィリピンではS型、K型には曝露されず、G型に100%の人が曝露された(x=0,y=0,z=1)」という前提で計算を行っています。
日本国内の感染状況を調べるためにフィリピンの数値を持ってきた理由は不明です。
この数値を用いて日本の感染状況を調べても良いのかと思います。
「フィリピンではS型、K型には暴露されず、G型に100%の人が曝露された」とする根拠は2020年3月に非常に高い陽性率を記録したからとなっています。
G型に100%曝露されたとした場合、RoG(G型の基本再生産数)が5.13ですので、(1-1/5.13)×100 = 81.6%の人がG型に感染すると集団免疫を獲得し、感染が収束します。
上久保氏の論文投稿が3月27日ですので、この頃には既にフィリピンはG型(強毒型)に対する集団免疫を獲得していたことになります。
従って4月以降はフィリピンでは感染がほとんど起こっていないことになります。
現在のフィリピンの感染状況を見てみます。
フィリピンは東アジアでは日本と同様にコロナ対策に失敗している国です。
フィリピン、移動規制を継続か。新規感染者が増加
https://www.jmd.co.jp/article.php?no=259010
最大船員国フィリピン国内の移動規制の動向が注視される。新型コロナウイルスの感染が広がる中、フィリピン政府はマニラ首都圏などで移動規制を講じてきたが、16日以降の対応については15日午後時点でまだ明らかになっていない。だが、海運関係者は「フィリピンでは新規感染者が増加傾向にある。この時期に緩和するとは考えにくい」とし、引き続き移動規制が継続するとの見方を示す。
フィリピンの新規感染者数は2000人規模で推移しており、収束の兆しが見られない。
従って「フィリピンではS型、K型には曝露されず、G型に100%の人が曝露された」というのは間違いです。
(フィリピンはG型に対する集団免疫を獲得したが免疫が短期間しか持続しなかったと考えることもできます。しかし、そのように考えるとG型に対する免疫はほとんど効果の無いものになります)
上久保氏はこれ以降も根拠のないことを前提として計算を続けます。
計算についてはこれ以上検証する意味が無さそうですので、計算に関してはこの程度にしておきます。
栃木県は2月下旬、山口県は3月上旬にK型感染のピーク
上図は上久保氏の論文より
栃木県は2月下旬、山口県は3月上旬にK型感染のピークを迎え、次のG型感染を抑えているとあります。
栃木県の陽性者は2月22日に1人、3月5日に1人です。
山口県の陽性者は3月4日に1人、3月5日に2人です。
K型感染のピークというよりも偶然その頃に陽性者が出ただけです。
上久保氏は感染状況をPCR検査の陽性率のみで見ているので、このようなおかしな解釈になります。
日本人は既に55%がK型に感染し、免疫を持っている(動画16分頃)
K型の前にS型の侵入があったはずですが上久保氏は日本人は55%がK型に感染し、免疫を持っていると主張しています。(K型には集団免疫が成立している)(動画)
日本人の何割がS型に感染していると上久保氏は考えているのかは不明です。
論文の計算式ではS型感染はK型感染に干渉するようになっていますので論文との整合性はどのようになっているのかは不明です。
K型の基本再生産数の推測値は2.2です。
K型の日本への侵入は1月13日です。
G型の日本への侵入は3月5日(東京)以降です。
G型の侵入の前にK型への免疫を獲得していたとすると2ヶ月程度で全国民の半数が感染したことになります。
実際に計算を行い、確認してみます。
RoK(K型の基本再生産数)は2.2とされています。
これは何も対策をしなければ1人が2.2人に感染させることを意味します。
曝露から治癒までの期間を3週間(潜伏期間を5日、発症期間を16日)とします。
K型の侵入を1月27日とし、3月末までの2ヶ月間で55%の人に感染していた場合、感染状況は次のようになります。
(1人が3週間で2.2人に感染させ、治癒するとして簡易に計算しました。感染者が増えると次に感染させられる人が減るので実際はこのような早いペースで感染者は増えません)
感染率 | 累積感染率 | |
1月27日 | 3% | 3% |
2月17日 | 6.6% | 9.6% |
3月9日 | 14.5% | 24.1% |
3月30日 | 31.9% | 56.0% |
日本国内でK型が大流行していた場合、流行最盛期には30%以上の人が感染していた計算になります。
仮に日本国内で3月30日にランダムにPCR検査を行った場合、31.9%の人が陽性になる試算です。
(潜伏期間や治癒間近の場合、陰性となる場合があるため、実際の陽性率は低下します)
3月の日本の検査数は34,478件、陽性者数は1,900人です。
https://toyokeizai.net/sp/visual/tko/covid19/
3月の日本の陽性率は5.5%となります。
日本でK型が大流行していたとは考えられません。
従って「日本人は既に55%がK型に感染し、免疫を持っている」というのは間違いです。
そもそも2月の段階でコロナウイルスの感染者が国内でも発生していましたので、国民の感染防御意識は高まっていました。
国民の感染防御意識の高まりがインフルエンザが例年と比べ、流行しなかった理由と考える人もいます。
国民の感染防御意識が高まっている状況で基本再生産数2.2の感染症により2ヶ月という短期間に国民の半数以上が感染することは不可能です。
日本人は武漢G型に25.5%が感染し、免疫を持っている (動画16分頃)
武漢G型というのは論文での「3月5日に東京に侵入したG型」を指すと思います。
上久保氏は日本人の25.5%が武漢G型に感染し、免疫を持っていると主張します。(武漢G型には集団免疫が成立している)(動画)
日本はK型、武漢G型に対する集団免疫を獲得し、欧米のG型に対抗したと主張しています。(動画)
欧米G型の侵入時期は不明です。
しかし、「武漢G型に対する集団免疫を得て、欧米のG型に対抗した」と言ってますので武漢G型には2ヶ月程度で集団免疫を得たということになると思います。
日本では4月7日に7都道府県に、4月16日に全国に緊急事態宣言が発令されました。
感染者数の増加に伴い、国民の感染防御意識も高まっていました。
このような状況で武漢G型への防御免疫を持つ(K型に免疫された)55%を除いた国民の25.5%に2ヶ月程度の短期間で武漢G型が広がるというのは無理があります。
(武漢G型に対する集団免疫を得た時期について上久保氏は明確にしていませんので計算による確認はできませんでした)
抗体価のカットオフ値が不適切(動画)
上久保氏は「武漢G型には25.5%が感染し、免疫を持っている」と主張しています。(動画)
武漢G型に対する免疫を持っている25.5%の人は抗体を持っていることになります。
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000640184.pdf
6月に行われた厚生労働省の調査による抗体保有率は東京都0.10%、大阪府0.17%、宮城県0.03%でした。
この結果に対して上久保氏はカットオフ値の設定が不適切であると主張します。(動画)
しかし上久保氏は感染実験を行い、適切なカットオフ値を求めた上でカットオフ値が不適切であると言っているわけではありません。
上久保氏が「カットオフ値の設定が不適切である」と主張する根拠は計算結果のみです。
S型、K型、G型の特徴について
- S型感染により不完全抗体が生成される
- S型のみの免疫ではG型感染でADEが起こり、致死率が上がる
- K型感染により抗体は産生されず、細胞性免疫が誘導される
- K型の免疫があるとG型に対して感染防御が成立
上久保氏は、これらについて感染実験を行い、確認しているわけではありません。
計算の結果に基づき、このような性質を持つだろうと推測しているのです。
上久保氏が感染実験を行い、確認を行わない理由は不明です。
まとめると
上久保氏の集団免疫説の根拠となるのは、各県の陽性率、致死率等を用いた計算結果によるものです。
ところが計算の前提の根拠が明白ではなく、前提そのものが間違っています。
また上久保氏は計算結果を実験等で実証していません。
過去の事(日本を含む東アジアの国での致死率の低さ)を推測するだけなら良いのですが、この説を元に「緊急事態宣言は必要無かった」「集団免疫を獲得しているので3密回避不要、マスク不要」「ブースター効果を得るために再感染すべき」と非常に危険な主張をしています。
PCR検査を拡充せずに経済を再開するためには都合の良い説なのでしょうが、責任は取れるのでしょうか?