コロナウイルス感染症

事前確率に拘泥し、新型コロナの被害を拡大させる医師達

新型コロナPCR検査の実施については公衆衛生の視点と臨床医の視点の違いがあることを記事にしました。
臨床医の視点では事前確率を重視します。
しかし、この視点で大量検査に反対するのは間違いです。

岩田健太郎氏は臨床医の視点で入院患者(妊婦さん)に対する新型コロナPCR検査に疑義を呈する記事を書いています。
中部病院では入院患者に新型コロナPCR検査を行わなかったためにクラスターが発生しました。
新型コロナの臨床診断について考えます。
(医者の臨床診断に口出しをする気はありませんでしたが、重大な問題であると考えましたので記事にします)

公衆衛生の視点と臨床医の視点について 新型コロナ対策において公衆衛生の視点と臨床医の視点をわけずに論じられているケースが見受けられます。公衆衛生の視点と臨床医の視点について...
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臨床診断の流れ

患者の主訴・病歴・身体所見

鑑別疾患のリスト作成
疾患A、疾患B、疾患C・・・

疾患Aの検査前確率(事前確率)の推定

検査

疾患Aの検査後確率の推定 
↓                      
疾患Aの確定診断→疾患Aの治療   
もしくは                
疾患Aの除外診断→次の疾患(疾患B)を検討

参考:https://www.jslm.org/books/guideline/2018/04.pdf

このように鑑別疾患のリストを作成し、必要に応じて検査を行い、確定診断に至ります。
ただし、全ての疾患についてこの手順を踏めば良いというわけではありません。
例外は存在します。

獣医領域での例外

子宮蓄膿症

子宮蓄膿症について

子宮蓄膿症とは、子宮の内部に膿が溜まる病気です。

犬では発情終了後~3ヶ月で起こりやすく、特に出産経験がない高齢犬では比較的頻繁に見られる疾患です。

若齢犬でも罹患することがありますが、通常は5歳以降にみられることが多いです。

子宮蓄膿症は子宮内の免疫が低下する発情後に膣内の細菌が子宮内に進入して増殖することで起こります。原因菌は大腸菌やブドウ球菌、サルモネラ菌などです。

いつもよりも長い(もしくは短い)発情の後、不定期の発情がみられる場合など、卵巣のホルモンバランスが悪いときには注意が必要です。また、しばらく発情がなかったのに久しぶりに発情出血が見られた場合は要注意です。

子宮蓄膿症の症状は、はじめのうちは無症状ですが、子宮内に膿が溜まり病態が悪化するにしたがって、多飲多尿の症状や、陰部より膿や血膿の排出がみられ気にして舐める行動や、発熱や吐き気に伴う元気と食欲の減退などの諸症状が現れてきます。子宮内に溜まった多量の膿によって腹部が膨らんで見える場合もあります。また、陰部からの膿はみられないこともあり、まったく出ない場合のほうが進行は早く、敗血症により深刻な状態になります。そして、子宮が破けて腹腔内に細菌が漏れ出た場合は腹膜炎をおこし、短時間で死亡してしまいます。

https://www.tochigi-vet.or.jp/other/pet/pet_01_07.html
栃木県獣医師会

子宮蓄膿症は適切に診断を行うことができれば、ほとんどの場合、予後は良好ですが発見が遅れた場合は死亡することもあります。
子宮蓄膿症の厄介な所は多様な症状を示したり、ほとんど症状を示さない場合があることです。
私が経験した症例では次のようなものがありました。

  • 飼い主→食欲はあるがなんとなく元気が無いような気がする
    体温含む身体所見異常なし
  • 飼い主→歩き方がおかしい
    体温含む身体所見異常なし
  • 飼い主→眼が充血している
    結膜充血を除き、体温含む身体所見異常なし

いずれの場合も通常の臨床診断の手順では確定診断には至らない、確定診断に至るまで時間がかかった可能性があります。
子宮蓄膿症は多様な症状を示しますので問診や身体所見で安易に除外することはできません。
何らかの理由で来院した未避妊の犬の場合は通常の臨床診断の手順を踏まず、疑わしくなくても腹部超音波検査で子宮蓄膿症の除外診断を必ず行います。
(これは私だけが特別に行っていることではなく、獣医師にとっては常識です)

新しい猫を迎え入れる場合

当院は田舎にありますので子猫を拾い、健康診断目的で来院されることがよくあります。
この場合、既に猫を飼っている場合は注意が必要です。
仮に子猫が感染症にかかっていた場合、治療せずに先住猫と一緒にすると感染することがあります。
治療可能な疾患であれば良いですが(飼い主や猫の負担になりますが)、治療不可能で取り返しのつかない疾患もあります。
(猫白血病を見逃した場合は先住猫含め、全頭死亡することもあります)

この場合通常の臨床診断の手順を踏まず、疑わしくなくても除外診断のために可能な検査を飼い主に提案します。

妊婦さんに対するPCR検査

身に覚えがないPCR陽性は「ほぼ間違い」であると考える根拠

先日、ある雑誌の記者さんからこんな質問を受けました。

「陣痛が急に来た妊婦さんが病院に運ばれてきたとき、PCRはするんですか?」

その答えは、事前確率に関わります。

その妊婦さんが暮らしている地域に流行が起きていなくて、なおかつ彼女が過去にクラスターが発生した場所に行ったことがなく、発熱や咳といった症状が出ていないのなら、そもそも僕は検査をしません。新型コロナの可能性を疑わないわけです。

その妊婦さんには普通に入院してもらって、普通にお子さんを出産してもらいます。

https://gentosha-go.com/articles/-/34029?per_page=1
2021年6月9日 岩田健太郎

この後はベイズの定理を用いたお決まりの論理展開へと続きます。
岩田氏の話は通常の臨床診断の話として考えると大きく間違ってはいません。

しかし新型コロナは無症状感染者が存在し、院内クラスターが発生すると大きな被害が出ます。
医師の問診(主観)だけで安易に新型コロナを除外しても良いのでしょうか?

中部病院でのクラスター事例

県立中部病院で大規模クラスター発生の経緯とは 発端の患者、PCR検査せず入院

沖縄県立中部病院は1日の会見で、新型コロナウイルスのクラスター(感染者集団)が発生した経緯を説明した。発端となった患者は細菌感染症との診断で入院前にPCR検査を受けておらず、マスクをせずにリハビリ目的で病室外を歩き回っていたという。

患者は、5月12日に一般病棟へ入院した。その後、この病棟をコロナ対応病棟に転換することになり、患者たちを他の病棟に分散させていた24日に患者のコロナ感染が判明した。結果として他の病棟に感染が広がった。

病院は改善点としてコロナ患者かどうかを問わずたんを吸引する際は窓を大きく開けて換気し、職員が高機能のN95マスクを装着すると決めた。入院患者については、全員PCR検査を受けてもらうようにしたという。患者のマスク着用は「注意喚起が不十分だったところがある」と認めた。

クラスターは5月24日から6月17日にかけて発生。死者17人は県内で最多だった。7月1日、新たに職員1人が関連の感染だったと判明し、感染者は患者と職員で計51人になった。

https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/779698
沖縄タイムス 2021年7月2日

発熱の原因が細菌感染であると考え、新型コロナの除外診断を行わなかったそうです。
通常の臨床診断手順としては大きく間違ってはいないでしょう。

しかし、無症状感染者が存在し、院内クラスターが発生すると大きな被害が出る新型コロナで通常の疾患と同様の臨床診断手順を踏むことは適切な行為でしょうか?

感染者が多数発生している沖縄県で未だに全入院患者に検査を行っていなかったのは驚きです。
中部病院は高山義浩氏が在籍(過去には岩田健太郎氏も)し、感染症に強い病院というイメージがありました。
こういう病院でも重複感染の可能性を考え、呼吸器パネルを使用するという選択肢すら無いのでしょうか?

まとめると

臨床診断の場においては事前確率を重視し、疑わしくなければ検査を行わないという考え方があります。
しかし、この考え方では症状を示さず、早期診断が必要で見逃すと大きな被害が出る疾患には対応できない場合があります。

新型コロナは無症状感染者が存在し、院内クラスターが発生すると大きな被害が出ます。
私は入院患者に対する新型コロナPCR検査の実施については通常の臨床診断の手順を踏むべきではないと考えます。
中部病院は新型コロナを通常の感染症と同様に扱い、クラスターを発生させ、17人が犠牲となりました。
新型コロナについて通常の臨床診断の手順に拘泥する医師を未だに多数見かけますが、この人達は一体いつになったら考えを改めるのでしょうか?

こういうことを書くと偽陰性の話を持ち出す人がいます。
しかし、偽陰性の可能性があるからという理由で検査をしなくて良いということにはなりません。
検査をしなければ感度は0%であり、誰かが発症し、被害が出るまで無症状感染者が放置されることになります。
無症状感染者が誰にも感染させずに済んだ場合は何も起こらないかもしれませんが、それは運が良かっただけです。
一体いつまで運任せの感染対策を続けるのでしょうか?

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